コンテンツ評論 テレビ番組評

あらためて「半分、青い。」について #半分青い

次作「まんぷく」も始まったところで、改めて「半分、青い。」について考えてみたい。

ちょうどBSで再放送も始まった「べっぴんさん」について私はかつて

嫌な味はいっさいしないが、すごく薄味のスープを飲み続けたような感じだ。
うま味もあったのだろうが、薄すぎてあまり感じない。

と料理にたとえてみた。「半分、青い。」を料理にたとえると

皿の上に極彩色の食材がいくつかの山に分かれて盛り付けられている。
どの山を食べてもまずくはないが食べたことのない味。
けっこう刺激的な味なのは共通しているが、それぞれの山の味が脈絡がない。
全部食べると、胸焼けがする。

と、こんなところだろうか。

恋愛ドラマとしてみると

この朝ドラをスズメと律の恋愛話としてみると、なんとも歯がゆい物語だ。

スズメと律は、同じ日に同じ病院で産まれ、お互いをなくてはならない存在と感じる関係だということになっている。

その割に、ふたりの離れていた時間が長すぎる。

木俣冬さんのレビューによると

ドラマがはじまった頃、佐藤健がインタビューで「恋愛するタイミングを逃してしまった2人であって、お互い、好きなんだろうけれど、あまりにも小さい時から一緒にいて、好きなことに気付けなかった。オトナになって離れてから気づくような関係で(後略)」(スポニチ2018年4月15日配信記事より )と語っていた

周到にふたりを引き裂くような物語上の仕掛けを作ってあるのはわかるが、恋愛に発展するタイミングはいくつもあっただろう。
というか、離れてからのスズメと律のコミュニケーションがなさすぎる。

同じ町内に実家を持ち、親同士も友だちである関係なのに、何年も没交渉でいられるはずがない。

スズメが連載を持っていた頃は忙しすぎて帰省もできなかった(出版界には年末進行という慣習もあるのでそんなことはない気もするが)、という理由もあるだろうが、正月など実家に帰省すれば梟会の仲間もおり、顔を合わす機会が必ずあるはず。

律が清と別れたあと、スズメを思い出す瞬間がなかったとしたら、二人の絆はなんだったんだということになる。
律が清といつ別れたのかは言明されなかったが、律は東京の西北大学から京大の大学院へ進学、さらに大阪の菱松電機に就職と土地を変えている。
清がずっとついて回ったとも考えにくいので、東京時代で終わった、と考えるのが妥当だろう。

ずっと経って、貴美香先生の還暦パーティというやや強引な機会でスズメと律が再会し、律がスズメにプロポーズするが、スズメはこれを断っている。

あとで、スズメは「無理」と言った理由について一人前のマンガ家となるまでは東京を離れるわけにはいかないという意味だった、と語るが、その理由を一度も律に語っていない。

というか、律とコンタクトをとっていた気配すらない。夏虫駅ではすぐに列車が来て話す時間がなかったとしても、憎からず思う相手からプロポーズを受けてそれを断ったことについてフォローの連絡をしなかった理由はなんだろう?

このあたり、結局登場人物の自然な心理というよりは、物語上の仕掛けにそって人物を動かすことしか考えていない気がする。
あえて言うならば「夏虫駅のプロポーズ」は余分であった。(中盤で物語を盛り上げる意味はあったが)
夏虫駅では律はプロポーズをせず、スズメとはぎこちない会話のまま終わったのなら理解できる。

そこからがまた長い。
恋愛ドラマ目当てで見ていない私などは、もう中途半端で見ていられなかった。
紆余曲折を経てスズメと律がお互いを恋愛ではない関係のパートナーと考えるようになったのならまだしも、最終回まで恋心をチラチラ見せながらの関係には辟易した。それも二人が40歳近くなってからの関係だ。

個人的には抱擁もキスもなく、せいぜい握手くらいで終わってくれたほうがよかった。
それなら「ああ、二人の関係はそういうふうに昇華されたのか」と思って締めくくることができただろう。

楡野鈴愛の人生記としてみると

主人公スズメは、高校を卒業してから、20代の終わりまでをマンガ家として過ごした。
30代の前半は100円ショップに勤めながら結婚をし娘の花野を産み、30代も終わる頃にいたって「ひとりメーカー」になると言い出す。
そしてアメリカから帰国した律を巻き込み、最後は「スパロウリズム」という会社を設立して「そよ風ファン」なる扇風機の開発に取り組むのだ。

スズメは長い周期の躁鬱病なのではないか、という気がする。
マンガ家になると言い出した18歳ごろから、20代の半ばまでは躁期であった。
マンガの連載を打ち切れた頃にその躁期が終わりを告げ、鬱期に転じる。

何もかもうまくいかなくなり、最後にはマンガを描くことじたいが苦しくなる。
そして、ついにはマンガ家をやめ、100円ショップで働くようになる。

その鬱の中で涼次と知り合って結婚し、子どもを産み育てる。
この間のスズメは、まるで別人のように何かのアイデアを出すことも、何かを作るという行動もしない。
鬱々としているからこそ涼次と別れる時の「死んでくれ」という言葉も出たのではないかと思う。

涼次との離婚後、岐阜の実家に出戻ったあたりから、ふたたびの躁期がはじまる。
「社長になりたい」と言ったり、岐阜犬のアイデアを出したりしはじめるのもこの頃から。

やがて、津曲雅彦と出会うことによって「おひとりさまメーカー」になりたいという意志を抱き、再度の上京をする。
実際に、律と再会するまでさまざまな面白商品を作っていた時期があるようだ。(ドラマ上は省略されてしまっている)

スズメの根拠のない自信、たびたび飛び出すドヤ顔など、そのキャラクターは躁鬱病的性格を物語っている。

もの作りドラマとしてみると

「半分、青い。」の前半は、マンガ家としてのスズメの生活を描く。

最初は巨匠秋風羽織のアシスタントとして。
後には自ら連載を持つマンガ家として。
そしてさらに後には連載を切られ、ふたたび作画アシスタントやマンガではない雑誌のカット描きをする売れないマンガ家として。

この時期については以前に私は「スズメは結局マンガを好きではなかったのでは?」と書いた。→こちらへ

結局スズメは何かを作り出すようなクリエイティブな活動が好きなタイプにはみえない。

躁状態になると、ハイテンションになって何かを無性に目指したくなるのがスズメなのではないだろうか。

だから「マンガ家になる!」「社長になる!」「ひとりメーカーになる!」というような言葉が飛び出す。

アイデアをひねくり回すことは好きだが、コツコツと何かを作り出すのに向いていない。
(その割にマンガ家生活はおよそ10年と長く続いたものだが。これは秋風羽織という師匠の影響が大きかったろう)

「半分、青い」の公式サイトの番組紹介には「ちょっとうかつだけれど失敗を恐れないヒロインが、高度成長期の終わりから現代までを七転び八起きで駆け抜け、やがて一大発明をなしとげるまで、およそ半世紀の物語」と書かれている。

そもそも胎児からはじまっているとしても、最終回でスズメは40歳の誕生日だし半世紀というにはまだ10年ある、というのはさておいても「一大発明」というのが何かと思ったら、結局「そよ風ファン」のことだったというのはショボいオチだ。

そよ風ファンは扇風機の改良形であるにしても、世の中になかったようなものではないから「一大発明」というのは大げさだ。
(後番組「まんぷく」でやがて登場するインスタントラーメンのようなものこそ「一大発明」というにふさわしい)

しかも、そよ風ファンを作ったのはほとんど律である。スズメはサポートしただけ(融資の相談に行って断られ、生産の相談に行って断られ、と役にはあまり立っていない)

作者に「もの作りドラマ」の視点がなかったのは大変残念だ。

で、結局どんなドラマだったのだろう?

これまでにないほど支持・不支持の分かれる朝ドラだった、と前のエントリーで書いたが、どこか視聴者の神経を逆なでするところがあって、しかしとても魅力的な部分のあるドラマだった、とは言えるのではないか。

決して名作でも傑作でもないが、かといって心に残らなかったわけではない。何かの爪痕は残した、変わり種の朝ドラだった気がする。しかし、「朝ドラの新しい波」といったものではなく、これ一作が独特だったのだろう。

クソミソに言われながら、けっこうみんな最後まで見守っていたもんな。

 

 

 

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