コンテンツ評論 テレビ番組評

「半分、青い。」を半分みた #半分青い

2018/10/01

「半分、青い。」も、7月に入って折り返し地点。

主人公楡野鈴愛は、人気少女漫画家秋風羽織(豊川悦司)の弟子を経て漫画家デビューし一時は連載も持っていたが、自分の才能に見切りをつけて、漫画家を辞めることにした。今日の放送から新しい場所、新しい展開に入っていったので、ここまでで「半分、青い。」の半分が終わったということだろう。

朝ドラは多くの場合、主人公が何かの「志」か「好き」を抱いていることが多い。近年の傾向としては、「何かをなしてやろう」という感じの志というよりも、「これが好き」というタイプの主人公が多いと思う。

楡野鈴愛は、父親の影響で少年漫画には親しんで育ったが、少女漫画、特に師匠である秋風羽織の作品にハマったのは高校3年生と遅い。
秋風羽織を紹介したのは親友の萩尾律で、漫画を描いてみないかと促したのも律。
鈴愛は幼いころから絵を描くのは好きだった(という描写が多くあった)が、自分で漫画を描こうと思ったわけではない。

漫画家になろうと思ったのも、秋風羽織のトークショーで秋風に自作の漫画(鉛筆描き)を見せて「弟子にならないか」と誘われたから。
これも自分からの発想ではない。

しかし、ある程度の才能はあったのだろう。少なくともアシスタント時代から数えて9~10年は漫画家生活が続いたのだし。
辞めるにあたって師匠秋風から「アイデアは素晴らしい。言葉の力も強い。しかし、物語を作り出す構成力に欠けている」と評されていた。
加えて、画力もそれなりにあったのだろう。(秋風のあっせんで、イラストの仕事をしているシーンもあった)

アイデア、言葉、絵の三拍子がそろっていれば、とりあえず商業作品としての漫画を成立させることはそんなに難しくない。
構成部分を補うブレーンをつけてもいいわけだし、構成のあまり重視されない方面の作品にシフトすることだった考えられる。

余談だが、構成力で飯を食ってきた私などに言わせると、ある程度まで構成力はトレーニングと学習で鍛えられる。
むしろ天性のものはアイデアや言葉のセンスであって、構成だけに苦労していたとしたなら、もったいないことだと思う。

それでもスパっと漫画をやめる決心ができたということは、結局鈴愛は「漫画が好きではなかった」ということではないだろうか。
絵を描くのは好きだったようだし、秋風作品のファンでもあった。ただ、自分の描いている漫画を好きにはなれなかった、のではないか。

そもそも鈴愛は「自分のことを天才だと思っていた」と自ら言うほど誇大妄想的なヒロインである。
秋風羽織という偉大な師匠のもとで、居心地のいい環境を与えられていたからこそ10年も持ったと言える。

「半分、青い。」は漫画家を目指す物語ではないし、むしろ敷かれたレールをはみ出した後半のほうがおもしろくなりそうだ、と思うのは私だけだろうか?

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