コンテンツ評論 テレビ番組評

「#あまちゃん: おら的ユイぶつ論~その4」

震災もまたユイを変える要因のひとつだった

震災もまたユイを変えた要因のひとつだった

今、BSプレミアムで「ちりとてちん」を再放送している。

この作品は、「あまちゃん」の先行形みたいな部分を多数持っていて、脚本の宮藤官九郎はどうも「ちりとてちん」からモチーフを多数借用しているようなフシがみられる。

中でも「ちりとてちん」の主人公和田喜代美が大阪に出てくる前に言った「お母ちゃんのようになりたくない」という台詞は、ほぼそのまま、ユイが母親に投げかけた台詞として使われている。
おそらく、クドカンも十分に「ちりとてちん」へのオマージュを意識していたのではないかと思われる。

この言葉は都会に自らの進路を求めた娘が、田舎で専業主婦として暮らす母親に向けた、ある種決意表明ともいえる台詞だ。
しかし、同時にこの言葉として聞かされる母親としては、手塩にかけた娘から自分の生き方を否定されるような悲しい言葉とも言えるだろう。

■ユイを北三陸にとどめさせたもの

そもそも、ユイは父親の病状が一段落したら、アキの後を追って上京するつもりだった。
実際、ユイの熱心な介護のおかげか父足立功の病状は持ち直して歩けるようになっていた。第93話では、その回復ぶりを兄のヒロシに報告するシーンが回想され、ヒロシはアキに向かって「あの頃がひょっとしたら足立家の一番幸せだった時期かもね」と述懐する。

その後、母よしえの失踪をきっかけに、ユイは引きこもり生活を経て、ヤンキー化するわけなのだが。
そこまでユイを打ちのめしたものは何だっただろうか?

母親が欠けたことにより、自分と兄で父親の介護をせねばならないと思ったにしては、その後熱心にやっていた介護をほったらかして遊び歩く生活に浸る。

何かを忘れたいと思ったのであれば、兄ヒロシやアキのすすめに乗って、むしろ東京に向かうほうが筋だっただろう。
東京には行けない、という思いが、ユイの中に沸きあがったのであれば、それはなぜだろう?

私は、それをいつか帰ってくるはずの母を待つためだった、と考える。
母の失踪の原因を考えているうちに、ユイの脳裏に浮かび上がってきたあの言葉「お母さんみたいになりたくない」(第59回)。
母を号泣させたあの一言が、父の介護への労苦と重なって、母を失踪にまで追い詰めたのではないか。
そう、ユイは思ったはずである。
(そして、後日よしえから語られた真相は、この言葉こそ使われなかったが、そんなに遠くはなかった)

いつかきっと帰ってくるはずの母親に謝りたい、という思いがユイを北三陸にとどめさせたのだろう。

(Next : アキとの喧嘩から見えてくるユイの深層)

-コンテンツ評論, テレビ番組評
-, , , ,

ページ: 1 2 3