平成徒然草

スマートウォッチは本当にスマートか?

写真と本文は関係ありません

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気になった記事。

スマートウォッチがヒットしない理由 (BLOGOS/大西宏)

たんに時計をスマート化、つまり時計をコンピュータ化したにすぎないからではないでしょうか。使用目的やデザイン、コンセプトであっと驚く新しさがありません。

その証拠に、どれを見ても時計のカタチを踏襲したものばかりで、なにが新しいか、どう日常を変えてくれるのかが視覚的にも伝わってきません。スマートウォッチとはなにかという肝心のコンセプトの創造に失敗しているからでしょう。

まあ、そのとおりだが、もっと根源的な理由がある。

そもそも、最近の若者たちは腕時計なんかしてない、ということだ。
なぜなら、必ず一人一台携帯電話を持っている。携帯電話には必ず時計表示があり、それで時間を知るのは事足りるのである。

それに、昔のように一分一秒を正確に、という考え方に変化が生じている。

たとえば、待ち合わせをするとしよう、昔であればひとたび出かけてしまえば連絡のとりようがなかったから、待ち合わせ時間に正確に到着しようと、ということで腕時計とにらめっこしながら、公共交通機関を使ったものだ。

しかし、今では電話であれ、メールであれ、LINEであれ、外出中でもリアルタイムに連絡がとれる。
さらに「乗換案内」のようなアプリ、あるいはサービスのおかげで、何時に出かければ支障のない時間に待ち合わせ場所に到着するか、あらかじめ知ることができる。

だから、腕時計をはめて逐一正確な時間を見つつ行動する、という考え方にあまりならない。

ひとたびそういうのが身についてしまうと、腕時計というのは邪魔なものだ。手首を締め付けるし、ものによっては重い。
それでも身につけるというのは、もはやアクセサリとしての役割だからにすぎない。

だから、腕時計じたいがもはや古いものなのだ。
そこを考えないと、新しい時代のウェアラブル・デバイスにならないと思う。

 

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