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セミプロの時代なのか?

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GENGO 訪問! (1/3)

ブロガーとして著名な「ちきりん」さんが、翻訳を提供するベンチャー企業「GENGO」を訪問したリポートだ。

これまで翻訳といえば、記事・論文や書籍、ビジネスドキュメントに契約書など、企業や大組織を顧客として、専門の翻訳家が訳すプロフェッショナルサービスと、無料ではあるけど品質が「なにコレ?」状態な機械翻訳しかありませんでした。

そこに Gengoは第三のオプションとして、「誰でも手軽に使え、迅速、安価かつ高品質な翻訳サービス」という選択肢を用意したわけです。

ネットで依頼できて、リーズナブルな価格で使えるレベルの「人がやった翻訳」を提供するというサービスだ。

しかも Gengoで翻訳を担当するスタッフは、クラウド・ソーシングで集められます。世界中にバイリンガルの人はたくさんいるけど、全員が翻訳家として働いているわけではありません。

学生だったり主婦だったり、なんらかの理由でフルタイムでは働けない人たちも、Gengoなら空いてる時間に好きな分野の仕事を選び、クイックに仕事ができます。

ま、GENGOのサービスについては、元記事やWebサイトを参照してほしいが、気になったのはこういうサービスが他の分野にも進出してくるのだろうな、という予感だ。

翻訳という作業は、ある意味機械的な部分もあるが、クリエイティブな部分もある。もちろん文芸作品の翻訳などをこうしたサービスに頼むことはまずないだろうが、企業のコピーライティングなどは、安直にこうしたサービスで翻訳されそうだ。

もちろん、適切なクォリティコントロールはなされるものと思うが、内容的な間違いはともかく、人を引きつける表現といったクリエイティブ要素は望めないだろう。しかし、企業の発注担当者の多くは、経費の節減だとばかりに、こういったサービスを利用するのではないか?

たとえば映像の仕事でいうならば、自前でカメラを持ちある程度の撮影技術を持っている人、自前で編集用PCとノンリニア編集ソフトを持ちある程度の編集技術を持っている人を組み合わせれば、とりあえず映像コンテンツを安価に制作することはできるわけだ。

世の中からどんどん「プロの仕事」というものがなくなり、「セミプロ」に置き換えられていく時代なのだろうか?
それで、いいのか? それに適応していかなくてはいけないのか、という暗澹たる気持ちがある。

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