コンテンツ評論 テレビ番組評

「#あまちゃん 春子と夏」

2013/12/09

10_20130512221521キーワードは「意地っぱり」

春子と夏。このふたり、相当に似たもの親子といえる。
なにより、意地っぱりな性格が酷似している。

「あまちゃん」をこのふたりの関係でみていくと、春子18歳の時にこじれた母娘の関係が、徐々にほぐされていって、世間一般の親子に戻っていく過程を描いたもの、とみえるのだ。

春子は18歳の時に家出をして東京に行く。オーディション番組出演の一件で、見捨てられたと思ったにせよ、そこから24年間も音信を絶つ、というのは尋常なことではない。その間に春子は結婚も、出産もしているのである。それらを契機に、夏に連絡をすることはできただろうし、孫の顔を見せに帰郷することもできただろう。しかし、春子は意地を張り続けた。

夏は夏で「故郷に戻りたい」と電話をしてきた春子を、冷たく突き放した。この件について「去る者は追わず、来る者は拒まず」という信条の夏にふさわしくない、といった意見を聞いたことがある。しかし、夏も若かったのである。娘の顔を見たい心はあっただろうが、意地を張った。このことは、夏の中に後悔として深く刻まれたことだろう。

この意地の張り合いは、春子が帰郷してからも続く。間にアキを挟んでいたため、直接ぶつかることは少なかったが、ぎくしゃくしたまま1年余を経過する。アキがアイドルとして東京行きの決意を固めるに至って、ようやくふたりは直接向き合うことになる。

春子にとってみれば、自分が家出する前の夏の立場に立たされたのである。そして、ようやくその時の夏の気持ちに気づくことができた。夏にしてみれば、謝りたい気持ちにようやく素直に従うことができた。

ここから、母娘の関係は急速に雪解けしていくが、それだけをもって関係修復としないのが、宮藤官九郎の周到なところである。

夏が心臓発作で倒れる。病院に駆けつけた春子は、東京で夏が橋幸夫と会った逸話を聞かされ、母に自分の知らなかった一面があることに気づく。と同時に、自分が母のことをあまりにも知らなすぎること、知ろうとしなかったことを反省するのである。

「おかえりと、すまなかったは言ってもらったから、後はありがとうを言ってもらうんだ」と漏らした春子は、しかし夏があまりにも素直に「ありがとう」を言ったために、拍子抜けするのである。その後、春子と夏の関係は、世間一般の母娘の関係に近いものに落ち着く。

26年をかけての壮大な意地の張り合い。そこからの関係の正常化を「あまちゃん」は描く。これは、正しく「人情喜劇」と呼ばれるものの、ひとつの定石を踏んでいる。最初、NHKの「あまちゃん」公式サイトに「宮藤官九郎が描く『人情喜劇』」と書かれているのを不思議に思っていたのである。しかし、春子と夏の関係をみる限り、「あまちゃん」はたしかに人情喜劇なのだった。

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