コンテンツ評論 テレビ番組評

「#あまちゃん ラストシーン、そして続編」

2015/06/03

最終回、アキとユイはトンネルを越える

最終回、アキとユイはトンネルを越える

「あまちゃん」のラストシーンをどう解釈するのか?

最終回では、3年ぶりのお座敷列車をつとめた「潮騒のメモリーズ」アキとユイが、なぜか畑野駅に残り、行く手にあるトンネルを見つめる。(これは、震災の時にユイが列車ごと閉じ込められたトンネルであり、今回の運行再開でもこの先はまだ開通していない)
「明日も明後日も、来年もある。今はここまでだけだけど、来年はここから先にも行けるんだ」とアキが言うと、「行ってみようか」とユイが声をかけ、ふたりはトンネルの中を走って、向こう端まで駆け抜ける。

その後に、オープニング映像がはじまると思いきや、袖ヶ浜の防波堤を灯台のところまでひとりで走っていたアキの映像が、ふたりで走るアキとユイの姿に変わっている。

この部分はキャストなどのクレジットが入っていることもあって、オープニング映像の変形である。いわばダブルエンディングの形になってはいるが、前述のトンネル走りが本当のエンディングと考えてよさそうだ。

他のブログで「二人の将来をもう少し明示的に示してほしかった」というような意見を見かけたが、比較的それは明確だと思う。

第151話で、ユイは太巻の誘いに対して「おばあちゃんになるまで、北三陸で『潮騒のメモリーズ』を続けていく」と行って断っており、アキもそれに乗った。「明日も明後日も、来年もある」というアキの言葉は、それを受けたもので、つまりふたりは地元アイドルとして中から北三陸を元気づけていく道を選択したのだ。

しかし、アキの視線はやや遠くを見ている。「来年になればこの先にも行ける」という言葉は、将来を暗示したものでユイが宣言したように一生地元での活動にする、というのとは違う道もあることを示している。アキの方が東京編で芸能界のいろいろな経験をしてきたから、やや先の将来を思い描いているようだ。

ユイが「潮騒のメモリーズ」としての活動に復帰したにもかかわらず、東京志向はなぜ復活しなかったのか? ユイの中にまだ震災のトラウマが残っているのかも知れず、それを知った上でアキはユイとふたりでいることを選択した。それに対してユイは自ら誘ってトラウマのトンネルを越えることを提案した。

というわけで、当面地元アイドルとして「潮騒のメモリーズ」を続けていくという選択をしたにもかかわらず、ふたりの未来はオープンなものとして提示されている。

さて、最終回前からネットでは「あまちゃん2を期待する」「いや、ここで終わった方がいい」とさまざまな意見が飛び交っている。はたして続編はあるのか?

私としては、TV Bros誌の枠外に書かれた宮藤官九郎の「もちろん(本編と)同じ分量で『あまちゃん2』を書くのは無理(笑)。でも能年さんが他の世界を経験した後、帰ってくる場所としての続編はあってもいいかもしれませんね」というコメントに同意する。

続編というよりは、後日談はありうるだろう、という考え方。しばらく後のアキとユイがどうしているか? 北三陸の人々やGMTのメンバーがその後どう暮らしているか、ということは視聴者誰もが気になるだろうから、2~3年後までにはあるのではないか、と考えている。それが2時間のスペシャルドラマなのか、数回のシリーズになるのかはわからないが、そういう感じでは実現してほしいと思う。

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