コンテンツ評論 テレビ番組評

地元ドラマとしての #あまちゃん

imageあまちゃんのテーマは何か? と聞かれたら、最初に出てくるのが「故郷」である。あまちゃんは「故郷についての物語」ということができる。
クドカン(脚本家宮藤官九郎)は、故郷とかふるさとと言わずに「地元」という言葉を使った。
あまちゃんの主人公天野アキは、東京都世田谷区で生まれ育った少女である。しかし、出身地である東京に愛着を抱いたことはなかったようだ。
アキは高校2年の夏に初めて、母の故郷である岩手県北三陸市を訪れる。生まれて初めて、そこに暮らす祖母の夏に会い、海女をする祖母の姿に触れる。
それ以来、北三陸の地はアキの「地元」となったのだ。出身地は変えられない。しかし「地元」は自らの意思で選べる。そんな作者のメッセージが込められている。

クドカンは、この北三陸という地元を丁寧に描写していった。ベースはロケ地でもある久慈市だが、そこにある要素を再構成し、物語の展開に必要なさまざまな人物、場所、それらをつなぐ交通などを精緻に作りあげた。
前半の故郷編では、我々視聴者はアキの身体を通して北三陸を歩き回った。そうして、アキがこの「地元」を好きになるのと一緒に、我々もこの地に愛着を持つようになった。
愛着といえば、それは場所だけではなく人についても、そうだ。北三陸の人々をアキはこよなく愛しているのだが、我々も彼らに親しみ、彼らの愛嬌に笑うことで、ドラマの登場人物にすぎない彼らに愛着を抱くようになった。
物語中盤、アキがアイドルを目指して上京する時、Twitterには、東京に行かないで北三陸での話を続けてほしい、という声がたくさん上がっていた。

しかし、故郷は遠くに在りて思うもの、という詩の文句にもあるように、故郷を離れて遠くにおいて眺めてみるのも、重要な展開なのだ。
アキは、自分の育った東京に戻るのだが、父親が愛人を作っていること、昔自分をいじめていた同級生に出会うことで、出身地であるはずの世田谷エリアに入れなくなってしまう。そして、馴染みのない上野・谷中で暮らしはじめるのだ。
そこで挫折感を味わい、ひとときの癒しを求めて逃げ帰るのは、実家のある世田谷ではなく、「地元」北三陸だった。
「地元」という言葉は、「自分が属していると感じることの出来る場所」という意味に使われているようだ。

ふたたび東京に戻ったアキは、そこで震災を体験する。気がかりなのは、祖母夏を初めとする北三陸の人々。アキが愛してやまない人々だ。
北三陸の人々が無事でいるだろうか。アキの心配は、視聴者である我々の心配でもある。
東日本大震災は、関西に住み、東北に知己や縁者を持たない私などにとって、縁の遠い災害だったことは否めない。
だが、あまちゃんのドラマ上で起こった震災は違った。
北三陸の登場人物たちの安否を本気で心配したのだ。
震災を描く回が近づいて来ると、犠牲になるのは誰々ではないのか、など多くの想像がTwitterにあふれた。

そして、震災が描かれたが、北三陸の人々の安否をカメラは容易には見せなかった。そして、アキと一緒に我々視聴者もまた、北三陸に帰って実際にその安否を確かめるという体験をしたのだ。
いわば、北三陸は多くの視聴者の仮想「地元」になったわけだ。訪れたこともないはずの架空の街を、我々もまた自分の故郷のように感じる体験をしたことになる。
毎朝、少しずつ、しかし毎日親しむ朝ドラだからこそ出来た体験だと言える気がする。

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