「ALWAYS 三丁目の夕日'64」をみた
2013/02/18
タイトルどおり1964年、昭和39年の話になる。
1作目が33年だから、それから6年後、2作目から数えると5年後の話になる。
夕日町3丁目の面々は相変わらずだが、子供たちはさすがに大きくなってしまった。
小説家の茶川とヒロミは結婚し、ヒロミは第一子を妊娠している。
東京オリンピックの年。ここらあたりから、日本は高度成長期に突入するわけだ。
それでかどうか、鈴木オートや茶川の店はグレードアップしている。
茶川の店は駄菓子屋だけでなく、1作目でヒロミがやっていた小料理屋や二階を増築した。
東京オリンピックか。この年、私は6歳で、テレビで開会式を見ていた。
たしか、1日でオリンピックが終わるものだと勘違いしていて、最後まで見てやろうとテレビにかじりついていた記憶がある。
おそらく、この時代は現代にも通じる変革の時代だったはずだ。
そうした時代の空気が、この映画からは感じられない。
たとえば茶川は結局純文学をあきらめたのか、少年誌の連載小説を書いている。
だがその少年誌も、マンガ中心にシフトしていることが編集者の言葉として語られる。
そんな中で、実は密かに作家デビューしていた淳之介とのライバル関係のエピソードになるのだが、ここはやっぱりマンガ家とのライバル関係であってほしかった。「もう小説の時代じゃない、マンガの時代なんだ」とかいう台詞を聞きたかったな。
鈴木オートも、従業員が一人増えただけで相変わらず町の修理屋だ。
モータリゼーションの普及を考えれば、この5年で表通りに店舗をかまえるとか、中古車販売をやるとか、商才さえあればできたはず。
「相変わらずの三丁目」柳の下の三匹目のドジョウを作ろうという感覚が、そうした時代を見つめる目を鈍らせてしまったのかな、と思う。