「蝉しぐれ」をみた
2010/12/28
劇場公開時にも感じたことだが、やはり市川染五郎はミスキャストだ。
小説「蝉しぐれ」は、主人公牧文四郎の少年時代から青年時代までを描く、そしてエンドシーンには壮年になった文四郎が登場する。いわば、時の流れはこのストーリーのもうひとつの主人公ともいえる。
映画というものにはどうしようもない制限がある。それは、人間の役者が演じているということだ。役者は、ストーリーや監督がイメージするとおりに、年をとったりはできない。
市川染五郎は撮影当時30歳をまわっている。このストーリーのクライマックスともいえる欅御殿のくだりでは、牧文四郎は二十歳すぎ。まあ、当時と今とでは社会状況も寿命も違うことを考えても、当てる役者は24~5歳といったところが妥当ではないか。私が監督ならそうする。
それに、下級武士である文四郎に、貴公子然とした染五郎の風貌はふさわしいとはいえない。
この映画の前半は、新人の石田卓也が文四郎を演じている。はっきり言って、前半の彼ら若者たちの演技というのは学芸会レベルに毛がはえたようなものだが、それでも染五郎の演じている文四郎よりは「蝉しぐれ」にふさわしい。
御前試合のくだりで、突然石田から染五郎に変わった、どうしようもない落差も、この映画を台無しにしている要因ではある。
黒土監督は時の流れということの必要性をを十分に意識している。季節の移り変わりをしつこいくらいに風景描写でインサートしているあたりで、それがよくわかる。にもかかわらず、なんで市川染五郎なんだろう。
有名な主演者が必要なら、ジャニーズ系でもなんでもいい、もっと若者の主演男優がよかったのに、と思う。