コンテンツの育て方 コンテンツ文化論

お蔵入り映画が増えているらしい

気になった記事。

日刊サイゾ-『「作品」を「コンテンツ」と呼び始めた邦画界 "お蔵入り映画"が続出する杜撰な内情

劇場公開される作品はまだ恵まれており、日の目を見ずに"お蔵入り映画"と化している作品が続出しているのだ。(…)

邦画バブルの崩壊後、製作会社の倒産や吸収合併などが相次ぎ、映画の権利が宙に浮いてしまった作品が年々増えている状態だ。フィルム現像所には引き取り手の現われない、倉庫に眠る作品が数百本にも及ぶとも言われている。

劇場映画を上映するためには、配給・宣伝費に少なくない費用がかかり、それが捻出できないために、作品は完成していても、上映にこぎつけることができない場合も多いらしい。

ここはある種パラダイム・シフトが必要なのではないだろうか。

期待するのは、AppleTVを擁するアップルなど、ネット上で映画配信をしている会社がこれに興味を持つことだ。

ネット上で有料配信を行うことで、事態解決への道筋はつけられないものだろうか、と考える。ネット配信なら配信にかかるコストは高くない。宣伝についてはしなくていいというものではないものの、ネット上のパブリシティを利用することで、コストは低く抑えることができるだろう。

とにかく、お蔵入りになっている映画を「世に問う」ということが大切なのではないだろうか。
劇場上映は、作品価値を世間が認めはじめてからのほうがスムーズに行くのではないかと考える。

活字作品の場合の、まず電子書籍で世に問い、支持を得てから書籍化するというのに近い。

上述の記事、最後の部分にはある映画プロデューサーの発言としてこういうことが綴られている。

邦画ファンドもそうですが、近年は映画の現場のことを知らない他の分野から来た人たちが製作に参加しています。映画のことを作品と言わず、コンテンツと呼 ぶ人たちです。もちろん、新規参入が悪いわけではありませんが、あまりにも作品の扱いが軽すぎる。作品に対する想いも浅い。採算がちょっと難しいようだ と、すぐにお蔵入りさせてしまっているように見えます。

どの世界でもそうだが、その分野に愛情を注ぐ人が音頭をとらないと、商売もうまくいかないようだ。

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