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	<title>映像職人&#039;舞&#039;録゛</title>
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	<description>すいません時々エラー起こします。このブログ</description>
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		<title>「劔岳 点の記」をみた</title>
		<description><![CDATA[


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風景の美しい映画だ。
明治40年ごろ、立山連峰の劔岳（つるぎだけ）の初登頂をめぐる物語。陸軍の陸地測量部の命を受けた測量隊を率いる測量士を主人公とし、山の案内人との信頼関係、同じく初登頂をめざすライバル日本山岳会との関係も描いた、登山の物語だ。
もっとも、そんな人間のドラマはどうでもいい。この映画に描かれた立山連峰の風景はただ、美しい。それも、実際に山に登り、そこで撮影をしているからだ。
最近の映画は、ＣＧや合成の技術の進歩によって、存在しない風景も自由に描き出せるようになった。それゆえ、美しい風景も作ろうと思えば作ってしまえる。だが、この映画は、実際に山に登って、本当の風景を撮影することにこだわった。
主人公である測量士たちは山に登ることそのものが目的ではない。あくまで、三角点を設置し、測量を行って地図を作るのが目的だ。この映画のスタッフも映画をつくるために山に登った。大変な難行だったと思う。
実際に現場に立ち、カメラを回す。映像の原点は、やはりそこにあるのではないだろうか。
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1216</link>
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		<title>無料の映画館ってどうだろう？</title>
		<description><![CDATA[たまにはブログも書かなくちゃ。…ということで、今思いついたアイデアをメモる。
アイデアの使用はご自由、ただしご連絡はいただきたい。
世の中無料ばやりで、フリーミアムという概念はあちこちで見かける。
なのに、映画業界は基本保守的で、宣伝に力を入れることしか眼中にない。
３Ｄ映画ブームだって、結局は３Ｄの大画面こそ家庭で実現しにくいだろう、という当て込みに過ぎないような気がする。
だから、テレビ局が制作に一枚噛んだような映画ばかりが横行するのかもしれない。
思い切って映画館を無料にすることはできないだろうか？
昔ながらの単館では無理だが、シネコンのような複数スクリーンの施設なら、出来なくはないはずだ。
もちろん映画鑑賞を全部無料にすることはできない。
つまり、スクリーン単位での課金である。
もとを取るべき映画ではしっかりと木戸銭をいただく。
しかし、それ以外のスクリーンは基本的に無料上映とする。
昔の名画を上映してもいいし、アマチュアの自主映画を上映してもいい。
できれば短編映画の新しいブームを起こしたい。
そして、それらのプログラムの前後には、地域の情報や広告、企業のインフォマーシャル、そしてもちろん有料スクリーンの映画情報などを挟む。
まずは映画館を訪れるという習慣をつくらせるべきなのだ。
シネコンなどはせっかくショッピングモール内などにあるのだから、一家で車で来て奥さんが子供をつれてショッピングを楽しんでいる間に旦那さんが映画館で時間をつぶす、というような習慣をつけてもらう。
映画館で映画を見る、というのが当たり前になったら、見たい映画はお金を出して見る、ということも当たり前になってくると思うが、いかがだろうか？
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1198</link>
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		<title>「約三十の嘘」をみた</title>
		<description><![CDATA[


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BSの映画番組で放映されていたのを録画して見た。なので上のDVDは関係ない。
きっかけは、出演者のひとり田辺誠一さんがTwitterでつぶやいていたのを読み、興味を持ったこと。凄い時代だね。出演者から直接オススメが届くなんて。
トワイライト・エクスプレスで大阪－札幌間を往復移動する６人の男女。実は彼らは詐欺師集団だった。どうやら札幌で一稼ぎするらしい。この閉じられた人間模様だけで描かれたドラマ。
詐欺の場面は登場しない。詐欺の計画もほとんど描かれない。ドラマの中心は、この詐欺師チームの人間関係と、稼ぎの現金の争奪戦。冒頭の解説によると舞台劇の映画化らしい。
ちなみにタイトルは、詐欺師のひとりが呟く「ひとつの嘘をつくためには、約三十の嘘で周りを固めないといけない」という台詞にもとづいている。つまり、嘘つきのプロ集団による、嘘のつき合いの物語。
わかりやすい話ではない。特に、前半が往路で、後半が復路なのだが、詐欺の場面が微塵もはさまってないので、それがわかりにくかった。
名の知れた俳優を揃えているが、そのわりに個性が出てないという気がする。特に八嶋智人はいつも通りのキャラクターを演じているが、場違いの感を禁じ得なかった。
見所があるとしたら、中谷美紀。いいねぇ。推薦者の田辺誠一自身は、これは役柄もあると思うが存在感が薄かったw。
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1182</link>
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		<title>映像を小脇に抱えて…</title>
		<description><![CDATA[iPadはAmazon Kindleとの対比で電子書籍リーダーとしての側面ばかり強調されるが、やはり映像職人としては映像視聴デバイスとしての一面を見てみたい。
映像視聴用としては中途半端なサイズだ、という意見が聞こえてきそうだ。
iPhoneのように通勤途中の電車中でこそっと見ることはiPadとしてのサイズでは困難で、しかし家で大画面のテレビを見慣れた目には迫力が足りない、というような。
これは映画のようなエンターテイメント用途を想定したものだと思う。
しかし、ビジネス分野の映像を考えると、様相はちがってくる。
まず、多くのビジネスマンが重いノートＰＣを持ち歩くのをやめて、iPadに切り替えるのではないか。外出先でPDFの資料を見たり、簡単な書類作成をするのには十分だ。iPhoneよりメールも読み書きしやすいし、Webも見やすい。
すると、iPadに記録した映像をプレゼンツールとして使う可能性がでてくる。なにしろ、いつもカバンに入っているわけだから、商談の際にサッと取り出して、得意先に見せる。起動に手間取ることもなく、スマートだ。
もうひとつ考えられるのが、教育用途。接客マニュアルなど、映像でマニュアルを作るケースがあるが、これは研修会で見せる程度。せいぜいDVDで配布して自宅で見ておく、というケースが考えられるくらいだ。
現場で見直すような用途には、映像マニュアルはまったく向かなかった。しかし、iPadはここを変える。
iPadなら映像を小脇に抱えて現場に赴ける。マニュアル映像をチャプターごとに小分けにして記録しておけば、現場でも見やすく、必要な部分だけを見直せる。サイズ的に数人で見ることも可能だし、利用の範囲が広がると思う。
たとえば、自動車などの整備マニュアル、さまざまな機器のメンテナンスマニュアルなど、動画で見たほうがわかりやすいものは、こういう形態で視聴することが一般化するのではないか？
ただ気になるのは、16:9のワイド画面が一般的になってきた映像を視聴するのには、サイズ的に4:3と古い感じがすること。やはり電子書籍リーダーとしての側面を重視して設計されたせいかなぁ。
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1179</link>
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		<title>iPadは未熟児…</title>
		<description><![CDATA[アップルがiPadを発表して１日あまり…。
おそらく、まだ評価は定まっていない、と思う。
私のTwitterのタイムラインにあらわれる評価も、「絶対に買う」というものから「私はいらない」「期待外れだった」というものまで、さまざまだ。
特に「iPad」という名称は多くの人が問題視している。iPodと間違えやすいし、似たような名称の製品が過去にあったようだ。
名前はさておき、「でっかいiPhone(またはiPod touch)にすぎない」という評価はよく目にする。現状ではＯＳもiPhone OS3.2にすぎないようだし、マルチタスクも出来ないので大きな画面がどれほど生きるのか、という問題もある。
ミニマム16GBという容量も、アップルがこれをコンピュータだとは考えていないことを物語っているようだ。それよりも500ドルを切ることのほうが重要だったにちがいない。それは電子ブックリーダーや、ポータブル映画プレーヤーとしての使い方をイメージさせる。
私が想像するのは、Amazonの電子書籍端末Kindleとの対抗もあって、まだ未成熟なのを承知で発表したということなのではないか。新しいOSが開発途上にあることははまず確実だし、更新のシステムはiPhoneですでに確立している。
つまり、iPadというのは、未熟児のまま生まれたＰＣともスマートフォンとも違う「何か別のもの」なのだろう。少なくともアップルの脳の中では。
しばらく様子を見てみるほうがいいかもしれない。
それでも私は、たぶん（いつの時点かはわからないものの）買うと思う。
使い途はいろいろ考えつく。特に映像を使ったプレゼンテーションツールとしては最高だ。
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1176</link>
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		<title>つぶやきが世界を変えるのか？</title>
		<description><![CDATA[ふと気づくと、ブログが最近お留守になっている。
毎日Twitterでつぶやいているので、なかなかブログまで書く気になれない、というか、書き方、書くテーマなどを考えなくては…。
最近、あちこちのメディアでTwitter特集みたいのをやっていて、Twitterは世界を変えるのかとか、かまびすしい。
Twitterが直接世界を変えるとは思わないが、ネットメディアを全体的に見れば、これは確実に世界を変えつつある。という感じかな。
あかん。最近つぶやきに慣れているので、文章がまとまらん。
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1170</link>
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		<title>3Dテレビはお茶の間に来るか？</title>
		<description><![CDATA[米CES（コンシューマ・エレクトロニクス・ショー）で各社が３Ｄテレビを発表したおかげで「今年は３Ｄテレビが来る！」という報道が駆け巡っている。
実のところ３Ｄテレビという発想はかなり古くからある。技術的にはそんなに新しいものではないし、商品化も過去何度かされている。にもかかわらず普及に至らなかった、というのはやはりいろいろな問題があるのだ。
３D映像は簡単に言うと両眼に少しズラした画像をそれぞれ見せることによって立体視させるものだ。今の３Ｄ技術では裸眼立体視はできず、専用のメガネをかける必要がある。
劇場映画は、少なくともその一部が３Ｄ化の方向に向かうことはまず間違いない。大画面ハイビジョンテレビやBlu-Rayの普及で、家庭内で高品質の映画コンテンツが楽しめるようになると、どうしてもその分劇場へ足を運ぶ観客の数が減少せざるをえない。そこを補うためには、３Ｄのような臨場感を付加価値として提供しなければならない。
つまり商業的な理由で、３Ｄ上映館が増え、３Ｄコンテンツが増えてくるのは目に見えている。
ところがテレビはどうだろう？
まず一般的なテレビ放送が３Ｄ化されることはまず考えられない。テレビの制作予算は年々低下の一途である。それでなくてもしばらく前に業界こぞってハイビジョン化への投資をしたばかりで、この上３Ｄで一般放送を制作できるわけがない。
ただし、ごく一部のドラマなどでは実験的放映はありうるかもしれない。
視聴者側としては、家庭でいちいちメガネをかけて視聴するような面倒なことはしたくないはずだ。
そう考えると、３Ｄテレビは主にBlu-Rayなどに３Ｄの映画コンテンツが充実してきた時には可能性がある。放送受像用というよりは、映画コンテンツの上映用である。
テレビメーカーとしては、すでに安売り対象商品となりつつあるテレビという商品に、なにがしかの付加価値をつけて高価格化したいはずだ。
しかし、これでもまだボリュームゾーンにはなりきれない気がする。住居スペースに恵まれない日本では、なかなかそこまでの上映環境を整えられる人は少ないだろうから。
家庭では安直な２Ｄハイビジョンで楽しみ、３Ｄで見たい時は劇場に足を運ぶ。こうしたスタイルがまず定着するのではないだろうか。
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1152</link>
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		<title>「アバター」をみた</title>
		<description><![CDATA[噂の映画「アバター」をみてきた。
どうせ見るならIMAXの3Dで見たいと思い、109シネマズ箕面に行ってきた。いまのところ日本にはこの系列が４館しかなく、関西ではここだけのようだ。
料金は一般よりはやや高く、2200円だった。
正直いって作品的に期待はあまりしていなかった。
「もののけ姫のパクリだ」「よくあるストーリー」「こうなるだろうと思ったとおりにストーリーが進行するので途中寝てしまっても問題なかった」というような声を聞いていたからだ。
だけどこのブログではあえてストーリー的なことを話そうと思う。
よくあるストーリーというのは、そのとおりだ。どこかでこういう話を何度も見た記憶がある。
3Dの体験性をメインにしたため凝ったストーリーにはしなかった、という話もある。
この話、ＳＦであるが実はＳＦ性はごく薄い。
舞台は未来、パンドラという惑星で、人類とは異なるナヴィという原住種族が登場するが、これをたとえば過去の植民地時代、アフリカなどの未開の地、そして黒人やネイティブアメリカンなど先住民に置きかえても全然同じストーリーが可能だ。
ストーリー中、登場人物のひとりグレースが明かすナヴィとパンドラの秘密。これが魅力的だ。魂の木を中心にして、ナヴィはその意識を過去の集合記憶と合体させることができる。
そういえばナヴィは動物を乗りこなす時、頭から出ている触手を介して直接動物と接続するようだ。
こういう種族の意識構造というのはどうなっているのだろう？　個と全体はどう認識されるのだろう？　意識だけが他のナヴィ族や人間や、動物、さらにはパンドラそのものに移ったりすることがあるのではないか。
こう考えると「アバター（化身）」というのはナヴィ族の精神にこそふさわしい言葉で、人類が使っている、ナヴィ族の身体に意識を移して行動する、という技術はその劣化したコピーなのかもしれない。
ナヴィ族の目で見ているパンドラの風景と人間の眼に写るそれとは違うものかもしれず、それこそ３Ｄで描き出してほしかったような気がする。
ところが結局、これらは単なる神秘性として扱われ、「だから守らなければならない」という結論を導き出すためだけにこの設定は使われた。もったいない話だと思う。
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		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1148</link>
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		<title>次のWBC監督はイチローしかいない</title>
		<description><![CDATA[ZAKZAKにこんな記事が載っている。
&#8220;３年後のＷＢＣ監督は？適任者は「日本一」経験したＯＢ
ワールド・ベースボール・クラシック（ＷＢＣ）第３回大会は、３年後の２０１３年。だが、今年の７月までに日本代表監督人事を行う構想がある。紆余曲折した昨年の第２回大会の二の舞いを回避したいという狙いだが、事はそう簡単には運ばないだろう。
(…)
しかし、理想論であって現実的には議論百出、会議は踊るの再現だろう。…
となれば、現役監督以外の球界ＯＢとなるが、帯に短しタスキに長しで適任者が見つからない。
適任者ならいるではないか。第一回、第二回にも参加し連覇に貢献した最適任者が。
日本のミスターWBCといえば誰だ？
王監督、原監督ではない。二度ともMVPをとった松坂大輔でもないはずだ。
そう、イチローである。メディアもWBCといえばイチローを中心に狙ってきた。
イチロー抜きのWBCなんて餅の入ってない雑煮のようなものではないか。
2013年のイチローはどうだろう？　たぶんまだ選手を続けているに違いない。
ならば、プレイングマネージャーでどうだ？
まず監督として起用し、自分を選手として採用するかどうかは、本人に任せればいい。
監督経験のない素人だ？　日本代表である。育てなければならないような選手はひとりもいない。
選手だけで戦っても勝てるはずだ。
必要なのは、監督よりリーダーである。
それでも作戦面が不安か？
ならば総監督として野村克也をつけよう。作戦面でこの人より秀でた人は日本におるまい。
選手を束ねたりするのはイチローにまかせ、純粋に作戦のみを担当してもらう。ならば老体にも負担が少なかろう。
なによりキャリアの最後に「日本代表総監督」を加えるのはご本人も嬉しいのではないか。
ノムさんはともかく、イチローが欠けた日本代表はおそらく魅力が半減してしまう。
それでは哀しいのだ。
イチローに、もう一度日本球界を振り返ってもらうことも含めて、イチローの起用は真剣に考えたほうがいい。

３年後のＷＢＣ監督は？適任者は「日本一」経験したＯＢ３年後のＷＢＣ監督は？適任者は「日本一」経験したＯＢ

]]></description>
		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1145</link>
			</item>
	<item>
		<title>タブレット型デバイス</title>
		<description><![CDATA[Appleがタブレット型のデバイスを一月中にも発表するらしい、というニュースが流れている。
ウォール・ストリート・ジャーナルが報じた、ということなのでこれは確度が高い。ただし出荷は3月になるという話だ。
Apple Slateという製品名だとか、いやiTabletだよとか、いろいろな情報がとびかっている中、とうとうそのスペックを書かれた書類の画像が流出した、という。ただ、私にはどうしても本物に見えない、このスペックが。
何しろ、MacOS X　10.7だというんだから。これじゃタブレット型MacBookだ。ファンの捏造でしょ。
たぶんiPhoneの大型版に近いものになるだろうと言われていて、そちらのほうが確からしい。
これはiPhoneユーザーには嬉しい。何しろiPhoneのアプリを使っていて不満に感じるのは、画面が小さいことにほとんど起因しているのだから。
10インチくらいのサイズであれば、タッチタイピングもできるだろうし、映像を再生しても十分複数人で楽しめる。
適切なアプリが提供されれば、ワープロや表計算などの書類仕事ならほとんどできるだろう。
メールやウェブブラウジングはもちろん快適だし、重いノートパソコンを持ち歩く人も少なくなるのではないだろうか。
二種類が提供されるというが、iPhoneタイプつまり3G回線搭載タイプと、無線LANのみのiPod touchタイプの提供になるのではないだろうか。(可能ならWIMAXなどの高速回線に接続可能なものも出してほしいが)
これに呼応して、携帯メーカーにぜひお願いしたいことがある。
それはシンプルな携帯&#8221;電話&#8221;の提供。
こうしたタプレットデバイスを持つ人間にとって、もはや携帯は電話でいいんですよ。
メールもアプリもタブレットでやるから。
ただシンプルに電話機能が充実していて、できればBluetoothかなんかで接続して、タプレットから電話回線でパケット通信をさせてほしい。
小型でスタイリッシュな携帯電話の復活が必要だとおもうのだ。
老人用でもキッズ用でもないシンプルな携帯電話がね。
]]></description>
		<link>http://blog.maekawa.com/archives/1142</link>
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