「蝉しぐれ(NHKドラマ)」をみた

12月 25, 2007 on 4:30 pm | In 平成徒然草 | No Comments

2003年にNHKで七回連続のドラマとして放映されたものをDVDでみた。
ちなみに脚本は映画版の監督、黒土三男である。

蝉しぐれ

主役の年齢に関する違和感は、映画版の時にさんざん書いたからもうやめよう。
内野聖陽はいい役者だと思うが、文四郎を演じるのに歳を取りすぎている点では市川染五郎と同じだ。
いずれ、自分なりのキャスティングを書いてみてもいいと思っている。
その時には、文四郎役は22~3歳ぐらいの若手俳優を当てはめるつもりだ。

光と影を使いこなした演出が目をひく。文四郎の境遇が、そのまま場面の明るさや暗さによって表現されている。
特に、父助左右衛門との最後の対面のシーンが印象に残る。

いっぽう音楽の使い方はあまり感心しない。モンゴル民謡のホーミーが使われているが、これがしつこく、重い。

蝉しぐれをドラマ化するのに、7回という回数ははたして妥当か? 不思議な省略が行なわれるいっぽう、不要と思われるようなシーンが追加されていたりする。たとえば、秘剣村雨の伝授があるのに、加治織部正が登場しない。個人的には織部は重要な登場人物だと考えているので、省略には納得がいかない。

6回で欅御殿の段が終わって、7回がまるまるその後日談となっているのも奇っ怪だ。

「となり町戦争」をみた

12月 22, 2007 on 11:10 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments

原作は小説すばる新人賞の受賞作だそうだ。

となり町戦争

「舞坂町はとなり町の森見町と戦争をします」と、伝えられる。
日常の市民生活は別に何の変わりもなく続けられている。
どこで戦闘が行なわれているのか、普通の市民にはまったくわからない。
ただ、戦死者の知らせがローカル新聞の隅っこに小さく報じられている。

まあ、シュールな状況といえるのかな。
こうした奇妙な戦争の中で、主人公である会社員(江口洋介)は町役場への呼び出しを受け、偵察要員として招集される。
戦争は、町議会の決定を受けて町の事業として行なわれているらしい。
その戦争を推進する町役場職員(原田知世)と知り合い、後には偵察業務ということで同棲することになる。

主人公の中でだんだんこの奇妙な戦争がリアルに感じられるようになっていく過程が、淡々と描かれる。
平和ボケした日本人に日常的な戦争というものがどのように受け取られるのか、という面白さを狙っているのだろうが。
ただ、結局はこの中で男女の恋愛模様で締めくくっていくのは、せっかくのテーマをスポイルしてはいないか?

原田知世の女性町役場職員が、たとえば男性であったら、と考えてみる。
これは結構面白いんじゃないかな? おそらくはディスカッションがはじまるのだろう。
ちょっと原作を読んでみたくなった。

「医龍2」最終回をみた

12月 21, 2007 on 9:55 am | In テレビ番組評 | No Comments

フジテレビ系の連続ドラマ。まあ、本格派の医療現場ものといえるだろう。
普通はタブーである手術シーンの露骨な表現にも正面切って挑戦している。

「医龍」のファーストシーズンは見ていなかった。しかし、今回「医龍2」の放映開始に合わせて再放送があったので、録画して全部みた。

このシリーズは、最先端の心臓外科手術をテーマとしている。
主人公となるのが坂口憲二扮する朝田龍太郎。変わり者だが手術のスペシャリストで、誰にもできないほどのスピードで難易度の高い手術をこなす。
だけではなく、手術しながら新しい術式を考え出すほどの頭脳の持ち主で、しかも心臓を触診しただけで異常部位を見つけ出すほどの手先の感覚の持ち主だ。
まあ、ドラマだから若くしてこれほどの「ゴッドハンド」でも当然なのだろうが。

このシリーズのサブタイトルが「Team Medical Dragon」であるように、チームの大切さを根底に持たせたストーリー展開だ。
「医龍」がバチスタ手術というテーマのもとにチームが編成されるストーリー、「医龍2」は挫折や高慢を乗り越えてチームが再生していくストーリーといえるだろう。
しかし「医龍」は、主人公がブラックジャック並の天才であるが故に、結局「チームとは天才をサポートする存在」になってしまっているような気がした。
「医龍2」では、オリジナルストーリーということもあって、多少そのあたりチームメンバーの自己変革に焦点を当てたストーリーになっているが。

しかしまあ、なんとも演出過剰の続出だ。派手なME(効果音楽)の続出、登場人物の無意味な表情アップ、主人公の意味ありげな言葉や表情。
もう少しおとなしくしてくれたほうが、ストーリーに集中できると思った。

「憑神」をみた

12月 13, 2007 on 8:46 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments

人気作家浅田次郎原作のコミカル時代劇。
最後には、原作者まで出てくるが…。

憑神

なんとも運の悪い男の話だ。
ダイハードシリーズのジョン・マクレーンより、運が悪い。

先祖が家康の影武者だったというだけが誇りの下級武家の次男坊、彦四郎が主人公。
ある日酔った勢いで怪しげな稲荷社に願いを立てたところ、三つの神が次々にとりつくという羽目に陥る。
この神というのが、貧乏神、疫病神、死神というタチの悪い神様だったから大変、というわけだ。

神たちがいずれも役目とは真反対の外観をしているというのが面白い。
しかも、痛めつけられたり、情にほだされたりして、主人公にふりかかるべき災難を他に向けてしまう。
なんでも神にも上の者がいて、あまり勝手をすると叱られるというのだが。

微妙なバランスだが、もう少しドタバタの方向に振ったほうがよかったかも。

「蟲師」をみた

12月 12, 2007 on 12:00 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments

大友克洋監督作品である。
独特な空気感が漂っている。微妙なバランスの上に成り立つ世界観、とでもいうべきか。

蟲師 (通常版)

作品に対する予備知識はほとんどなかったので、よく理解ができなかった。
そもそも「蟲」とは何なのか?
Wikipediaの「蟲師」の項目にはこのように書かれている。

「みどりもの」とも呼ばれ、この世のあらゆる生命よりも命の源流に近いもの。「生」と「死」の間、「者」と「物」の間にいるもの。人の中には見える者と見えない者が居るが、稀に全ての人間に見える種類も存在する。

なるほど、よくわからん。いわゆる「霊」だとかの類に近いものだろうか。
それにしても、作中にこういうことについての説明が何もなかったのは、不親切といえるなぁ。

この作品、時代背景がよくわからなかった。ちょんまげは乗せていないが、時代劇に近い和装の人物ばかり出てくる。それにしては「電気」についての会話もあったりする。上記Wikipediaによると、

時代設定については、作者自身特に設定はされていないそうだが、イメージは「鎖国を続けた日本」、もしくは「江戸期と明治期の間にある架空の時代」といった所との事。

ストーリーは、主人公ギンコの失われた記憶探しを縦糸に、横糸として各地での「蟲」退治などがからまる。
しかし、はっきり言って最後は足をすくわれるような感覚だった。立ち去っていくギンコ。あれでいいのか?

「パイレーツ・オブ・カリビアン-ワールドエンド」をみた

12月 11, 2007 on 8:13 am | In 映画・DVD評(洋画) | No Comments

ディズニー映画である。
ふつうディズニー映画というのは、あまり人が死なないものだと思っていたが、この映画はバンバン人が死ぬ。

パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド 2-Disc・スペシャル・エディション

前作「デッドマンズ・チェスト」は完全に二部作の前編というつくりになっていた。
前作のエンドで、ジャック・スパロウは世界の果てに拉致された(はずだ。実はほとんど前作のストーリーを忘れていた)

CGを使った海戦の迫力は相当なものだ。こういう海戦はいままでのシリーズ作ではあまり登場しなかったような気がする。

しかし、シリーズの冒頭と完全に違ったキャラになってしまったのは、エリザベス・スワンだ。お嬢様として登場してきた彼女が、この作品では海賊王にまでなってしまう。今後の作品は彼女を中心に、女海賊ものにしたらどうだろう。

「ゲゲゲの鬼太郎」をみた

12月 7, 2007 on 10:53 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments

やっぱりウェンツの鬼太郎はミスキャストだ。
鬼太郎ってあんなに手足が長くはないし、顔も長くない。育ちすぎの鬼太郎だ。

ゲゲゲの鬼太郎 スタンダード・エディション

すごく違和感があるのが、「妖怪」というものの統一感のなさ。
鬼太郎や猫娘みたいにほとんど素顔なものもあれば、砂かけ婆みたいに特殊メイクで作ってる妖怪もある。CGの妖怪もいるわけで、これらが同じ「妖怪」というひとつのジャンルでくくられる存在だと思えない。

何もハリウッド作品が上等とは思わないが、最近のコミック原作のハリウッド作品を見ていると、まずこうした「統一感」とか「同じ存在感」というものをピッタリ合わせてくる点は、感心させられる。

この統一がとれていない感じが、豪華メンバーを使って子供だましを作っている感覚につながってしまう。「よく出来ているなあ」という感想にはならないのだな。ストーリーはいざしらず。

「椿三十郎」をみた

12月 5, 2007 on 11:50 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments

ちなみに今公開中織田裕二主演の映画ではない。
元祖黒澤版のほうだ。

椿三十郎<普及版 />

初見ではないが、何度見ても面白い。
スピーディな展開、キャラクターの造形、緊張と緩和の絶妙なバランス。
娯楽時代劇とはこうあるべき、というお手本のような映画だ。
押し入れ侍も面白い。
ちょっと主人公が強すぎるような気もするが、まあチャンバラ映画だから当然でしょう。

さて、森田版織田三十郎が、どう演じられているか、楽しみだ。

篠田節子「アクアリウム」を読んだ

12月 3, 2007 on 8:32 am | In 小説・エッセイ評 | No Comments

篠田節子は注目すべき作家だと思う。
それは、ひとつには彼女がおよそ既存のジャンルにとらわれないこと。
むしろ「ジャンルの篠田流再構築」をさえ意識しているようにみえる。

アクアリウム (新潮文庫)

奥多摩山中の地底湖に未知の生物が棲息している。
偶然の出来事からその生物とかかわるようになった青年を主人公とした物語が本作だ。
青年は未知の生物とふれあい、「イクティ」と名付けた生物との交流を通して、それを愛するようになる。
いっぽう、林道工事によって、イクティの棲息環境は壊滅的なダメージを被ろうとしていた。
青年は、イクティの存在を伏せたまま、林道工事反対運動の渦中へ身を投じていく。

冒頭に書いたような意味で言えば、作者にとってこの物語はSFではないのだろう。
だが、私にはスタニスワフ・レムソラリスの陽のもとに」との類似性を感じる。

惑星ソラリスの「海」は、イクティのようにわかりやすい未知生物ではないが、同じように人間に対してある種のイメージを見せるという性質を持っている。そして、男性である主人公に対して特定の女性のイメージを見せることがストーリーの鍵になっている。

作者がそれを意識していたかどうかはわからないが。

「大日本人」をみた

12月 2, 2007 on 5:00 pm | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments

ダウンタウンの松本人志初監督作品(笑)。

大日本人 通常盤

これは「映画」ではないなぁ…。何か別のものを見せられているようだ。
北野武の作品は良くも悪くも「映画」だったが、松本はまったく別の方向を向いている。
かといって、これはテレビでは実現できないコンテンツであることも間違いない。

あえてストーリーを紹介する意味もないとは思うが、「大日本人」という職業につく、大佐藤という男の日常を淡々と描いている。密着ドキュメントみたいな形式だ。「大日本人」というのは防衛庁の委託を受けて、高圧電流を浴びることによって巨人化し、「獣」と呼ばれる巨大生物の退治にあたる世襲の職業らしい。

ひとつ疑問がある。「大日本人」は主人公で六代目、ということは数えて初代は明治初~中期に活躍したことになる。そんな時代に巨人化変身できるだけの高圧電流が作り出せたのか? まあ、書いててむなしくなるような疑問ではある。

エンディングで突然趣向が変わるのは、ちょっと見ていて見苦しかったな。たぶん広げた風呂敷を畳みきれなかったんだろうけど。

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