「スパイダーマン3」をみた
11月 30, 2007 on 12:00 am | In 映画・DVD評(洋画) | No Commentsスパイダーマンシリーズは、だいたい主人公が悩みまくるのが定番なのだ。
今回は「怒り」を制御できなくなったピーター・パーカーが、また悩む。
なぜか、唐突に隕石に乗って落ちてきた寄生生物がピーター・パーカーに取り付く。しかも、寄生する対象はスパイダーマン・スーツ、つまり「服」なのだ。こんな寄生生物ってアリ?
服に寄生したのだから、着たり脱いだりができる。最後のほうは脱げなくなって困るといったシーンもあるが、それまではあきらかに自分の意志で着ているのだ。
寄生されて黒くなったスパイダーマン・スーツを着ると、気弱で真面目だったピーター・パーカーが「チョイ悪」になるという。日本のヒーローものは、チョイ悪くらいのほうが多いから、別に驚かないが。
最後のほう、マスクが破れてほとんど半分素顔で戦っているから、かっこ悪いったらない。報道陣とはかなり高度差があるとはいっても、あれでは翌日の新聞に顔が載っていても不思議ではないと思うんだが。
「しゃべれども、しゃべれども」をみた
11月 29, 2007 on 12:00 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Commentsトキオの国分太一の初主演作。
二ツ目の落語家を演じているわけだが、これがまったく似合ってない。
伸び悩んでいる二ツ目の落語家古今亭三つ葉は、ひょんなことから素人三人相手に落語教室をはじめることになってしまう。その生徒というのは、無愛想がゆえに男に振られた美女、関西弁を同級生にからかわれている小学生、口が悪くて野球解説ができない元プロ野球選手の三人だ。
ここがよくわからないのだが、どちらかというと人とのコミュニケーションに問題がある人たちで、話し方教室ならわかるのだが、落語を学ぶことがコミュニケーションの役に立つ、というのがどうもよくわからん。まして、なぜ半人前の三つ葉のところに。
特に香里奈演じる美女の動機がよくわからんね。初見で三つ葉に一目惚れしたというなら、話はわかるが。(エンディングのとってつけたような抱擁シーンからすると、そういうことかもしれんが)
阪神タイガース大好きの小学生が、この映画一番の熱演。この子役がいなかったら、救いようがない映画と思ってしまったかも。
「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」
11月 28, 2007 on 8:23 am | In 映画・DVD評(洋画) | No Commentsハリー役のダニエル・ラドクリフ、大人っぽくなったなぁ…。
実際、作中の時間経過と、主人公群の容貌が少し違和感を持ってくる。
おなじみシリーズの最新作。
この映画では、ホグワーツ魔法魔術学校と、その監督官庁である魔法省の対立が描かれる。
いままで自由だったホグワーツに、突然魔法大臣の腹心であるおばはんが送り込まれてくる。
ピンク色の服に身を包んだ林家パー子みたいなおばはんだが、これが校長を更迭してホグワーツを掌握するわけだ。
恐怖政治的な体制を確立したおばはんこと新校長は、生徒たちに画一的な魔法教育を強いる。
それに対抗して一部の生徒たちは、闇の勢力と対抗するためにハリーを先生役に押し立てて、実践的な攻撃・防御魔法を練習しはじめる。
そのグループ名は「ダンブルドア軍団」。尊敬する前校長の名前を頂いたのだ。
「ハリー・ポッターとダンブルドア軍団」のほうが本作の題名としてふさわしいと思うんだが。
たぶん不死鳥の騎士団は、次作以降で重要になってくるんだと思う。
それにしても、のどかな魔法学園ものだったこのシリーズも、対決色が明確になってきたもんだ。
帚木 蓬生「臓器農場」を読んだ
11月 20, 2007 on 7:25 pm | In 小説・エッセイ評 | No Commentsタイトルを見た時から映画「コーマ」を思い出していた。
まあ、タイトルがこうだからネタバレしてもいいだろう。
無脳症という奇形がある。生まれつき脳を欠いている奇形で、当然生まれても生きることはできない。ただ、臓器などは正常であることが多いので、幼児への臓器移植のドナーとして臓器を提供することはできる。
新人ナースの規子が、自分が勤務する病院の秘密に気づく。
その病院は幼児への臓器移植の実施例が異常に多いのだ。
それだけのドナーをどうやって確保しているのか。
しかも、産婦人科には一般のスタッフは入れない特別病棟がある。
一緒にこの秘密をさぐりはじめた小児外科のドクター、規子の同僚のナースが相次いで謎の死をとげる。
まあ、サスペンスの常道といっていいだろうか。惜しむらくは題名のせいで、読者は最初から真相をほぼ予測した上で読み始めることになる。「こうなるだろうな」と思ったとおりに物語が展開するのだ。はたしてこの題名をつけたのは計算のうえなのだろうか?
残念なのは、無脳症児を臓器移植のドナーとして使うことについて「人間とは何なのか? 命とは何なのか?」というディスカッションに発展できるはずなのだが、それが十分に尽くされているとは言えないところなのだ。
無脳症児は、一見無駄な生を受けて生まれてきたように見える。その臓器を、臓器移植でなければ助からない幼児のために提供することで、はじめてその生に意味が見いだせる、と作中の登場人物のひとりが語る。一見これは、非常に合理的なように思えるのだが。
この作品で描かれているように、本来正常に生まれて来るはずの胎児を薬物投与で無脳症にしてしまうというのは間違いなく犯罪行為だ。しかし、クローン技術で臓器のみを作り出す行為と、どちらが倫理的だろう。このあたりを作中で議論したら、それこそ面白い作品になったのではないかと思うんだが。
ジェントルマン山下
11月 14, 2007 on 6:48 am | In 平成徒然草 | No Commentsどこのどなたか存じ上げないが、こんなメールをいただいた。
いつもお世話になっております。
私がどのくらいジェントルマンかはご存知かと思いますが、念のためにご説明致しますと、デートマナーマニュアルを12冊読破し、車のドアも女性には開けさせず自分の手で開けて乗せ、運転席にかけて行くくらいジェントルマンです。
私のジェントル魂はそれだけでは飽き足りずテーブルマナーも覚え、バナナですらフォークとナイフで綺麗に食べられます。
優しい自分を演出する事も欠かすことなく、ホワイトバンド運動にも積極的に参加して両腕が真っ白に見えるくらいホワイトバンドも装着していました。
ほっとけないですね。
世界のまずしさを無視することなんて出来ないです。
それなのに、こんなにもジェントルマンなのに、何故かどの女性も最終的にな行為には至らず僕から離れていくばかり。
結局、いわゆる出会い系サイトの紹介に流れていく、いわゆるスパムのたぐいなのだが…。
山下さん、あんたこの文章書く仕事で相当収入を得ているのかな?
そこそこうま味がないと、なかなかこんな文章に工夫もできないと思うのだが。
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