地図が参照できるようになったPeeVee.tv
7月 31, 2006 on 8:27 am | In ネットと映像の関係論 | Comments Off動画投稿・共有サイトのPeeVee.tvで、撮影場所などを地図で表示できる機能が追加された。
Googleマップの機能を利用しているようで、投稿時に地点等を指定すると、投稿された動画の脇に小さな地図がつき、撮影場所を表示する。もちろん、ワンクリックでもっと大きな地図を表示させることもできる。
動画投稿サイトは、本家本元のYouTubeの過熱化、フジテレビ系列のワッチミー!TVなどの参入もあり、戦国時代の様相。各サイトとも新しい機能を追加して、差別化をはかりたいところだろう。この地図機能もそのひとつだと考えられる。
もちろん、単に文字で「○○にて撮影」と書いてあるよりは、地図上で見ることができるほうが便利だし、興味も湧くだろう。ただ、従来でも撮影場所が書いてあればGoogleマップで検索することはできたわけで、ちょっとした手間省き程度の追加機能でしかないような気がする。
ただ私も、地図情報というような別の情報軸で投稿動画をオーガナイズすることには賛成だ。そのためには検索機能がなければならない。
たとえば、どこかにはじめての土地に旅行に行くとする。そこでどんな風景に出会えるのか、どんなことが話題にのぼっているのか、などが動画で見られると便利だ。
たとえば、地図上でどこかの地点をポイントし、そこから半径○km以内と指定する。その範囲内の地図情報に関連づけられている動画情報をすべて検索できるとしたらどうだろう?
旅行前に、マスメディアには登場しないさまざまな動画情報を見ることができる。より充実した旅行をする手助けになるかもしれない。
もちろん、旅行でなくても、自宅付近の動画を見るということでもいいわけだが。
ただ、本当はこうした検索は動画投稿サイトの枠を超えて、全インターネット上の動画を検索できることが望ましいのだが。
靴底がベロリ
7月 28, 2006 on 2:57 pm | In 平成徒然草 | Comments Offこのブログには原則として身辺雑記のような事は書かないようにしているのだが、今日経験したことがあまりに不条理だったので書いてみる。
とある用事で出かける最中。ちょっとばかり荷物があったので、キャリアにくくりつけて、引いて出た。
うちからJRの駅までは徒歩10分。
その道を半分まで来た時に、はいていた靴の底に違和感を感じた。
見ると、靴底がベロリと剥がれてしまっていた。
それも一部が剥がれた程度ではなく、つま先の一部を除いて完全に剥がれている。
普通、こういうことがある時は予兆のようなものがあるはずだが、今回はまったく感じなかった。もちろん、靴をしげしげと見ればわかったはずだが、はく前に靴を観察する習慣は私にはない。
しかし困った。荷物が多かったし、乗る予定の電車の時刻も迫っている。
家を出たばかりなら、とにかく帰って別の靴にはきかえるが、荷物もあるし、それをしていると電車に間に合いそうにない。
結局、なんとかだましだまし駅前まで歩き、駅前のコンビニで接着剤を買った。それをひとチューブまるごと使って靴底を貼りなおし、事なきを得た。電車にもなんとか間に合った。
しかし、片方の靴底が完全に剥がれると、歩きにくいのなんの。
歩行速度も完全に落ちるし、いつ歩けなくなるかと気が気ではない。
靴というものが外出先で壊れること、あなたは想定してますか?
サブリミナル
7月 27, 2006 on 10:07 am | In 映像文化を語ってみる | Comments OffTBSのニュース番組で安倍官房長官の顔写真が無関係のニュースの間に挿入されていた、ということがあり「私の政治生命を傷つける意図だったとしたら大変なことだ」と安倍氏はカンカンになっているという。まあ、総裁選前の大事な時期だから当然だが。
ZAKZAKの伝えるところによれば、事実はこうだ。
注目の特集は、旧日本軍で生物・化学戦研究を行ったとされる悪名高き731部隊の隊長だった石井四郎軍医中将が、日本に上陸する米軍を細菌兵器で攻撃しようとしていたことを報じる内容。
冒頭、番組キャスターが報道内容のあらましを紹介した後、カメラがTBS社内にある小道具部屋を伝って電話取材中の記者に迫る途中、山積された小道具の一角に置かれた安倍氏の顔写真が約3秒間もハッキリと映っているのだ。
このカメラが記者にたどり着くまでは約5秒。印象的な速いコマ送りで放映されたが、安倍氏の顔写真が画面中央に映ったときには、記者が「ゲリラ活動?」という声をあげ、そのテロップが安倍氏の顔写真の下に重なるおまけも。
この映像、YouTubeに早速アップされたようだが、TBSの要請で削除された模様。
この記事で久しぶりに「サブリミナル」という言葉を見た。
この映像を見た放送評論家の志賀信夫氏は、安倍氏の顔写真が映った瞬間、「サブリミナルっぽい。この場面では全く関係ないからね」と話した。
サブリミナル効果とは、一般的には感知しないほど短い映像で視聴者の潜在意識に訴えかける映像手法。TBSは平成7年5月、オウム真理教関連番組の中で、教団代表の麻原彰晃被告の顔などのカットを無関係な場面で何度も挿入し問題になったことがある。
今回の放送では、安倍氏をハッキリと認識できることから正確にはサブリミナルではないが、志賀氏は「ボーっと見ていて、全く意識しないところで目に飛び込んでくるから『サブリミナル的』といっていい。(視聴者に)無意識に働きかける可能性はある」と指摘する。
有名な話で、映画のフィルムに数秒に1コマだけ映画の内容とは無関係なコーラの絵を挿入したところ、観客にはコーラが映っていたことは認識できなかったのだが、劇場内のコーラの売り上げが増加した、という実験結果がある。
効果のほどは疑問視する向きもあるのだが、なんとなく伝説的に伝わっている。
映像は、論理よりより多く感情にはたらきかけるものだから、たしかに無意識的な誘導というのは無視できないのだけどねえ。
どこでもスクリーン
7月 26, 2006 on 10:15 am | In 映像表現の研究 | Comments Off映像関係でなんかおもしろいニュースはないか、と思っていたところ、こんな記事が掲載されていた。
ITmediaニュース「壁の模様を“消して”自然な映像 どこでもスクリーン技術」
国立情報学研究所(NII)などのグループは7月25日、プロジェクターの映像を、模様がある壁に投影しても自然に見えるようにする新技術を開発したと発表した。壁の模様に合わせて補正した映像を投影することで、模様を見かけ上ほとんど消してしまうもので、「模様付きの壁を白色スクリーンに変身させる」という“どこでもスクリーン”技術。一般の壁でも自然な映像を投影できるため、プロジェクターの利用範囲を広げる新技術として実用化を目指していく。
ほほぉ。これは面白い。
普段は普通の壁として、病院のようなフラットな白壁ではなくとも、スクリーンとして利用できるということだ。
ただ、
現状では静止画のみ。キャリブレーションなどの作業に30分程度かかるが、その後は汎用PCで画像1枚あたり数秒で処理できる。今後処理速度を高め、動画への対応を目指していく。
ということなので、まだ映像スクリーンとしては無理がある段階だな。
スライドがせいぜいだろうか。それでも、処理に数秒もかかるようじゃだめかも。
しかし、処理能力が追いつけば、本当に「どこでもスクリーン」が実現する可能性はあるわけだ。期待しよう。
素材専門オンライン音楽ストア
7月 25, 2006 on 7:47 am | In ネットと映像の関係論 | Comments Off映像を作る上でいつもネックになるのは音楽だ。
趣味で映像を作る人たちが、好きな市販CDから自分の映像作品に音楽をつけてしまって、そのままコンテストなどに応募して失格する、というような話もよく聞く。
基本的に、著作者(作曲者・作詞者など)に無断で楽曲を使用することはできない。そのために、ロイヤリティーフリー(使用に応じての著作権料が発生しない)の音楽素材というものがあり、CDなどのかたちで市販されている。
しかし、市販の素材集CDだけでは、なかなか思うような楽曲が探せないのも事実。ダウンロード販売もあるが、一曲あたりの価格となり、曲数が増えるとコストがかさむ。
WindowsのACID、MacのSound TrackやGarageBandなどといった、いわゆるループシーケンサーで曲を自作するという手段もあるが、かなり手間がかかる。また、所詮はこれも素材が必要となるため、素材コストが馬鹿にならない。
そういう”音に悩む”アマチュア映像制作者たちにとって、便利なサイトがアメリカではじまるようだ。
MYCOM PC WEBが伝えるところによると、
米Pump Audioは10日(米国時間)、Web経由で自作ビデオ用のBGMを提供する新サービス「MyPump Soundtrack」を発表した。現在、限定ユーザーを対象にプレビューを提供している。
(…)MyPump Soundtrackは、一般のパソコンユーザーやアマチュア映像作家、スモールビジネスなどが、豊富な音楽カタログから手軽かつ合法的に自作ビデオにBGMを追加できるサービスを目指している。(…)ビデオを再生しながら、リストされた音楽を試聴。使用する音楽が決定したら、スピードを調整し、タイムラインを使って配置する。最後に[Sync & Submit]ボタンを押すと、BGMが追加されたビデオが生成される。1トラックあたり99セントが基本的なライセンス料で、バンドル割引が用意されているほか、無料で使用できるトラックもある。
1曲(トラック)99セントなら、百数十円だ。従来、ダウンロード販売で購入していたロイヤリティフリー楽曲は、2000~3000円だったから、一挙に1/10以下になる。
記事には「スモールビジネス」と書かれているが、さて業務用としてどれほど実用的か、ちょっと試してみたい。
現在は、まだ登録の受け付けと(使えるようになったら招待メールが届くらしい)Flashによるデモのダウンロードだけができるようだ。
試してみて、これは使えると思ったら、また報告したい。
「ナイト・オブ・ザ・スカイ」をみた
7月 24, 2006 on 7:15 am | In 映画・DVD評(洋画) | Comments Offフランス映画なのに、なんで英語の邦題をつけるかな。「大空の騎士」でいいじゃないか。
フランス版「トップガン」というふれこみである。登場する戦闘機はミラージュ2000。飛行シーンはほとんど実写と思われるから、軍の全面協力があったのだろう。
ストーリーの展開は非常にスピーディで、時々理解のほうが置いて行かれるときもあるが、まずまず楽しめる展開である。
「トップガン」というより「ファントム無頼」を思わせる二人組のパイロットが主人公。冒頭、いきなりミラージュが奪われ、それを阻止しようとした二人はそのミラージュを撃墜せざるをえなくなる。
その撃墜の責任を問われて軍を追放された二人だが、実はその処分には、戦闘機の売買をかけたキャノンボール・レースのために二人を追い込む陰謀が隠されていた…。
物語は二転三転して、パリ上空でミラージュ同志の空中戦がクライマックスとなるのだが、敵パイロットが途中で脱出して竜頭蛇尾。凱旋門の上空でのドッグファイトを見たかったなあ。
なんとなく、続編を期待させるような終わり方だったし、パート2が作られるかも。
テレビ局は何を守ろうとしたのか?
7月 23, 2006 on 3:45 pm | In ネットと映像の関係論 | Comments Off極楽とんぼの山本が引き起こした問題については、萩本欽一監督の茨木ゴールデンゴールズ解散宣言(その後撤回された)までからんで、世にかまびすしいので、特に解説しなくてもわかるだろう。
ITmediaニュースにこんな記事が載った。
お笑いコンビ「極楽とんぼ」の加藤浩次さんが、相方の山本圭一さんの不祥事に関してテレビ番組で謝罪したシーンの動画が、権利者である日本テレビ放送網の要請により、7月21日午前8時までにYouTubeから削除された。削除までに300万回以上再生されていたもようだ
YouTubeに行って「加藤浩次」で検索してみると、問題のシーンの映像を見ることができた。削除されてから、改めて別のユーザーかもしれないが、またアップされたものだろう。それでもアップされてから12万回ほど再生されたようだ。
わからないのは、日テレがいったい何を守ろうとしてこの削除要請をしたのかということだ。
問題の謝罪シーンというのは朝の8:00から生放送されている、いわゆるワイドショー番組である。当然、こういう番組は再放送されることはありえない。また、推測だがDVD化されることもないはずだ。
ということは、見逃した人は別の番組で部分放映されないかぎり見ることができないわけで、話題になれば元の映像を見たくなるのは当然だ。YouTubeにアップされたのも、理解できる。
だが、この映像がYouTubeで再生されたからといって、日テレとしては番組の知名度が上がるという恩恵を受けることはあっても、何のデメリットもないはずだ。日テレはいったい何を守ろうとしたのか?
この点に関して、CNET JAPANの中島聡氏のブログ上で興味深い発言が見られた。
人がYouTubeにテレビ番組の一部をアップロードする目的は、主に「こんな面白い場面があったよ」という「個人的体験の共有」である点に注目すべきだ。
(…)
テレビ番組や映画を細切れにしてアップロードし、全編を見れるようにしてしまことは違法だが、番組の一部をYouTubeにアップロードして、それに関する自分の意見をブログで表明することは、著作権法でも認められている『引用』に相当するのではないだろうか。
たしかに、YouTubeの画面上で見ると、テレビ番組をそこだけ切り取ってアップされているように見える。しかし、YouTubeのもっとも興味深い一面は、その映像を自分のサイトやブログ、あるいは掲示板などの上で再生できるようにするタグを発行してくれることだ。
つまり、その映像をアップした人は、自分のブログ上でその映像を「引用」した上でコメントを加えているのかもしれないことになる。あるいは、YouTubeでその映像を発見した人も、同様のことができる。
映像のもたらす情報は、けっして静止画や文字では表現しきれない。くだんの映像で言えば、加藤浩次が発言した内容や、その場で嗚咽をもらしたことなどは文字で書けるが、その時の表情は決して伝えきれない。
今後、映像によるコミュニケーションが盛んになっていく上で、これは避けて通ることのできない問題だと思う。上記のブログ上で筆者はこう言っている。
いずれにしろ、法律というものは人々のためにあるものなのだから、それが社会の常識に合わなくなってきた時には法律の方を変えるべきである。「テレビ番組の一部を『個人的体験の共有』のためにアップロードすることぐらい許容範囲」と多くの人が考えるようになったのであれば、著作権法の方をその「常識」に会わせて変更すべきなのである。
テレビ局も自分とこの画面がそのままアップされたら、何も判断せずにひたすらサイト運営者に削除要請を出すのではなく、それが本当に守るべきものなのかどうか、判断してから行動すべきなのではないだろうか。
もう一度聞く。日テレよ。加藤浩次の謝罪シーンの削除を要請したことで、何を守ろうとしたのか?
「鉄人28号」をみた
7月 21, 2006 on 6:00 am | In 映画・DVD評(邦画) | Comments Off「鉄人28号」といえば私の世代にとっては白黒のテレビアニメ番組なのだが、実はそれに先だって実写版が存在する。wikipediaの鉄人28号の項によると昭和35年のことらしい。再放送をみたことがあるが、特撮を使わず着ぐるみのロボットが殴り合うだけ、というかなり情けない映像であった。
で、これはその元祖実写版ではなく、昨年公開のCG合成による実写版だ。
そもそも鉄人28号と何か。旧日本軍が秘密裏に開発していた兵器ロボットである。だが、さすがに第二次大戦時の秘密兵器が21世紀に活躍するわけにもいかないと思ったのだろう。この映画では、その兵器ロボットを起源に持つ、平和利用のためのロボットだということになっている。しかし、平和利用ロボットなら、なんで開発を秘密にする必要があったのか。
最初の鉄人は、白くて樽型の胴体で飛ぶこともできず、かなりなさけない。そもそも、鉄人というのは単なる巨大ラジコン人形なのだ。攻撃するといっても敵を殴ることしかできないのだが、操縦する金田正太郎も慣れず、パンチが空振りする。あっという間に敵ロボットにつかまって、国会議事堂に投げつけられてしまう。
それを蒼井優演じる天才少女が改造して、バーチャルリアリティで操縦して空も飛ぶ、青くてまずまず見られる鉄人にする。無理矢理21世紀対応にしてしまうわけで、まったく余計なおせっかいだ。
やはり鉄人は昭和30年代にこそ存在すべきなのだ。私がプロデューサーなら「ALWAYS~三丁目の夕日」のスタッフを集めて、鉄人の実写版を作る。茶川竜之介の書く少年冒険小説から抜け出てきた鉄人は、鈴木オートで修理・改造されるのだ。完璧ではないか。
「ナイトウォッチ」をみた
7月 20, 2006 on 6:17 am | In 映画・DVD評(洋画) | Comments Offロシア版「マトリックス」だ、という声もあるけど、私には「マトリックス」に近いとはとても見えなかった。
「異種」と呼ばれる異能力者が人間の間にときどき生まれる。異種は光と闇の二陣営に分かれて永久戦争を戦っていたのだが、数世紀前に停戦協定を結んでいた。光の戦士は闇を、闇の戦士は光を、それぞれ監視するという体制が生まれたのだ。ちなみに、光の立場で闇を監視する戦士のことを「夜の番人=ナイトウォッチ」と呼ぶ。
異種として生まれた者は、自ら光の陣営に属するか、闇の陣営に属するかを選ぶ、という設定になっている。闇の異種とは、いわゆる吸血鬼、バンパイアなのだが、光とて絶対的な善というわけではなく、相対的な存在にすぎないらしい。
この「光と闇の戦争」というモチーフは、神話的なもので、欧米の数々の物語に繰り返しあらわれる。しかし、戦争が停戦中で、そのバランスを保つことが大事、というのは珍しいかもしれない。
モスクワが舞台のロシア映画なのだが、こちとら日本人でアメリカもロシアも似たようなものだ。ただ、見慣れていないということは言えるわな。ソ連時代とちがって、そんなに違わないという雰囲気だが。
ちなみに、主人公は時々未来予知ができるというだけの中年男で、武器は紫外線を発する懐中電灯という情けなさ。マトリックスの異様なまでのカッコ良さにはおよぶべくもない。
「博士の愛した数式」をみた
7月 19, 2006 on 6:01 am | In 映画・DVD評(邦画) | Comments Offなんだか、映画の感想を書くのは久しぶりだ。
記憶が80分間しか持たない数学者と、若い家政婦。そして10歳になる家政婦の息子の交流を描く。
何より印象的なのは、博士の人物像。不慮の交通事故の後遺症で、記憶が80分間しか続かない。何よりも愛するのは、数字が秘めた美しさやおもしろさ。そして、阪神タイガース。(ただし、博士にとってのタイガースは江夏が現役時代のタイガースである)
演じるのは寺尾聡。この人最近とみに、父親の宇野重吉に似てきている。演技には定評があるが、最近なんだか深みを増したような気がする。
家政婦役は深津絵里。たぶん深っちゃんしかできないような、自然体の芝居が寺尾の渋味と合わさって透明感あふれる作品世界を作り出している。
「24か。4の階乗だ。とても潔い数字だ」という台詞があるが、この作品世界の作り出し方はとても潔い。ある意味、削ぎ落として削ぎ落として、最後に残ったものだけを観客に見せるような。
最近目にする映画は、これでもかこれでもかと足して足して作り出すような、そんな映画がとても多い。それはそれで、たしかに面白い場合もあるのだけど、私はなんとなくその散漫さが気にいらない。
やはり、表現するってことは、必要なものだけ残して、余分を削ぎ落とすことではないかな。私はそう信じているのだが。
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