「容疑者 室井慎次」をみた
4月 29, 2006 on 4:04 pm | In 映画・DVD評(邦画) | Comments Off踊る大捜査線の枝篇的作品第二弾。
柳葉敏郎演じる警視庁キャリア室井管理官が冤罪におとされる。
室井は自ら指揮した捜査が違法捜査だという嫌疑をきせられ、逮捕されてしまう。彼の味方になるのは、田中麗奈演じる新米の弁護士と、哀川翔演じる工藤刑事他現場の刑事たち。そこに、警察幹部の権力闘争がからんでくる。
事件のシチュエーションがわかりにくいのですよ。とにかく、冒頭でいきなり室井が逮捕されてしまう。田中麗奈の語りとともに事件の輪郭をなぞっていくのだが、イマイチ消化不良のままに、室井が釈放されてしまう。そら、主役がずっと拘置所の中じゃ、映画的にまずかろう。
田中麗奈は進歩したとはいえ、やはりこの手の役では力不足を感じる。わりとハマッてて熱演なんだけどね。
彼女に対抗するのが、八嶋智人演じる灰島弁護士。人前でもずっと携帯ゲームをやっているようなオタク風だが、切れ者だという設定。八嶋では不気味さがなくて、ミスキャストだと思うぞ。
最後は法廷シーンで決着かと思ったら、なんだかよくわからない任意同行取り調べでの疑似法廷シーン。やっぱ消化不良だなあ。
YouTubeが日本で大ブレイク
4月 28, 2006 on 8:56 am | In ネットと映像の関係論 | Comments Off動画コミュニティサイトのYouTube.comで、日本のユーザーが爆発的に増えているらしい。なんでも3月には200万人を超えるユーザーが日本からアクセスしていたそうだ。
ITMediaニュースが伝えるところによると、
米国の投稿動画共有サイト「YouTube」が、日本で月間200万人以上に利用されている――ネットレイティングスが4月27日に発表した3月のネット利用調査(家庭からのアクセス)で、急速に高まるYouTubeの存在感が浮き彫りになった。
日本からの訪問者数は、昨年12月以降急増。3月には212万1000人が利用した。国内ネットユーザーの5.2%が利用している計算で、「全内容が英語で提供されているWebサイトとしては異例な利用率」(同社)という。
米国では月間776万人、ネットユーザーの5.4%が利用しており、利用率は日米ほぼ同率だ。
どうしてこれほどユーザーが増えたのか、それはやはりブロードバンドの普及や、動画デバイスの多様化もあるとは思うが「動画を使ってコミュニケーションしたい」という意識が高まってきたことのあらわれだと思う。
ただ、YouTubeのどの機能が主に日本人に使われているのか、その分類は発表されていない。思うに、日本人が使っているのは、動画をアップし、そのタグを自分のブログ等に貼り込む機能であって、コミュニティ機能はあまり使っていないと思う。
日本でもFlipFlapやPeeVee.tvのような後追いサイトが出てきているが、上記のような単純な機能が使われているだけのうちは、なかなかYouTubeに迫れないかもしれない。
それにYouTubeの魅力は、著作権的に問題のある動画も含め、世界からアップされた雑多な動画が見られることで、見られる動画の数の点では絶対かなわないだろう。日本のサイトだと、どうしてもチェックが厳しくなりがちで、その結果魅力はどうしても失いがちだ。
mixiがユーザーを増やして以来、やたらとSNS機能をうたうサイトが増えた。しかし、どこを見ても機能的にはmixiと変わらず、それだと圧倒的なユーザー数の差だけでも追いつくことは無理だ。
ユーザーを囲い込むつもりなら、文章や静止画だけでなく、動画や音声、Flashを自由に使えるコミュニティサイトを作ったほうがいいと思う。
「コンテンツ」に関する無関心現象
4月 27, 2006 on 8:55 am | In 映像文化を語ってみる | Comments OffITmedia+D Blogのメディアコンサルタント西正氏のブログ「西正が贈るメディア情報」をずっと読んでいる。昨日のエントリである「お客が欲しいのはコンテンツ」は、私の持論と合致するところがあるので、引用してみよう。
新興IT企業がテレビ放送に関わり始めると、伝送路の話ばかりが盛んで、肝心のコンテンツは買い叩こうとする。それで上手く行かなくなるのは自分のせいだろう。
地上波、衛星、CATV、IP、ネット、などなど、伝送路は多様化してきているが、お客が見たいのはコンテンツなのであり、それがどういう経路で目の前に運んでこられたかなどに興味は無い。面白いか、面白くないか、有料なら高いか、安いか。すべてコンテンツへの関心である。
そのとおりである。
しかし、コンテンツへの無関心現象は、新興IT企業ばかりではない。
まずは、行政に責任があるような気がする。
昔の郵政省、現在は総務省だが、ここが通信・放送行政の一環としてコンテンツを扱っているのが元凶だという気がする。
しばらく前、ストリーミングを中心とした動画配信を推進しようとしていた時期がある。行政から補助金が出ていたと思うのだが、その時の優先順位は、一に伝送路、二にソフトウェア、コンテンツは三の次だった。その頃、友人からの相談で、3分程度のコンテンツ200本を半年で制作するという話を聞いて、思わず「コンテンツ制作をナメてますな」と口走った思い出がある。
私の見積りでは、これをすべて半年間でオリジナル制作しようと思うのなら、シナリオライター、ディレクター、カメラマン、それぞれのアシスタントを含め5~6名の専従制作班が、2~3チームは必要だと思う。当然、それなりの制作費が必要であるが、その時聞いた金額は全然足りなかった。伝送路やソフトウェアの部門が先に予算をかっさらっていった残りだからだ。
すべてはコンテンツを客の前に届けるためにある。店で言えば、店構えや陳列棚が伝送路やソフトウェアであり、商品がコンテンツである。どんな素晴らしい店を作っても、商品に価値がなければ客はこない。
いい加減お役所も企業も、この国のコンテンツ生産力を豊かにするために何をすべきか、真剣に考えるべき時期ではないか。
そのためには、専門の監督官庁を作るくらいでちょうどいいと思うのだけどね。コンテンツ制作は、文化活動であり、経済活動であり、放送や出版の活動の一環である。そのすべての視点をそなえた役所というのは今は存在しないのだから。
それにしても、残念なのは西正氏のブログにこの文章をトラックバックすることすら出来ないことである。かつては、ITMedia+D Blogで一番コメントがにぎわっていたブログだったのだが。あまりのコメント対応にお疲れになったのだとは思うが、対応しなくてもいいからせめてトラックバックは許していただきたいものだ。
参加するという文化
4月 26, 2006 on 9:38 am | In ネットと映像の関係論 | Comments Off動画配信サービスも携帯ベースの時代なのだろうか?
CNET JAPANにこんな記事が載っていた
フロントメディアは4月25日、ユーザー参加型の動画配信サービス「Qlick.TV(クリックドットティービー)」を開設し、4月30日より試験的に提供開始すると発表した。
Qlick.TVは、携帯電話向けに無料で映像番組をストリーミング配信する。既存の民放TV局と同様、広告収入によって番組を提供する。視聴者はユーザー登録を行なうことにより、無料で、ニュース、天気予報、音楽、アニメなどのコンテンツを視聴できる。
また、視聴者に向けて番組を配信するほか、視聴者によるディスカッション機能や、フィードバック機能、視聴者自らがジャーナリストとして番組を制作、コンテンツの配信に参加できるという機能を持ち、メディアと視聴者、視聴者と視聴者の双方向コミュニケーションを実現するとしている。
プレスリリースを見ると「ケータイTV」「TV2.0」「双方向コミュニケーション」「ユーザー参加」など、今風キーワードが並んでいる。
携帯向けの動画配信というのが、どれくらい普及するかは別として(ワンセグと違って、通信料金はかかるんだよね。定額にしている人には関係ないかもしれないが)ユーザー参加型ということにはちょっと興味がある。
というのは、いまやケータイ端末には動画も撮れるカメラが内蔵されているからだ。
ユーザーは面倒くさいことは嫌い。DVカメラで撮影して、PCに取り込んで、アップロードして…、ということは、(しっかりした作品づくりを目指す人は別として)普及しにくいと思う。
だから、すでに使われているケータイ動画でのユーザー参加というのは、可能性としてはあると思う。
問題はユーザーに対するインセンティブだと思う。結局、今のユーザーというのは、「参加する文化」をあまり持っていないという気がする。その「文化」をいかに作り上げるか、というのが運営会社にとっての課題だろうね。
YouTubeなどの動画コミュニティサイトが大いに盛り上がりつつあるのは、やはりそういう「参加する文化」ができてきたことによるのではないかと思うのだ。
ショートムービーコンテスト落選作品公開
4月 25, 2006 on 9:20 am | In ネットと映像の関係論 | Comments OffTV Bank投稿動画コンテスト「ショートムービーコンテスト」に応募して落選した作品を公開する。
私の弟は、日本を飛び出して世界を舞台に活動するロックバンド”Electric Eel Shock“のメンバーである。その未発表曲”Let’s Go To The Beach”を聞いて、イメージしたストーリーで絵をつけた。
制作を思い立ったのが、締め切りの約2週間前。
時間がなかったので、とりあえず自分が現時点で使える技術だけを使って制作することにした。主にAfter Effectsを使ったアニメーション作品だ。
制作が完了する前にコンピュータのクラッシュに見舞われるなどのアクシデントもあり、必ずしも納得できる出来ではなかったが、まあ見てやっていただきたい。
ちなみに、ムービーキャスターを使っている。PeeVee.tvにアップした方が画質はよかったのだが、なぜかタグをこちらに貼り込んだら見られなかった。
「鳶がクルリと」をみた
4月 24, 2006 on 8:25 am | In 映画・DVD評(邦画) | Comments Off観月ありさ主演のコメディ。アイドル出身のありさも、もうすっかりコメディエンヌとして定着したようだ。
それにしても、鳶という職業をテーマに選んだというところがこの映画のミソではある。
ありさ演じるエリートOLが、ある日突然鳶職人との交渉を命じられる。外国人の芸術家の作ったオブジェを新ビルに取り付ける工事なのだが、それを引き受けてくれる鳶がいないということだ。…って、普通そういうのは工事全体を受けるゼネコンとか、代理店とかが入るもんではないのか? クライアントが直鳶と直接交渉するなんて、非現実的じゃないの? と言ったらこの物語が成立しない。
外資系のOLと鳶というまったく違った人種どうしの交流がこの映画のミソだといえる。それにしても、鳶職人の人が見たら、現実にはこんな鳶はいない、と言うだろうな。「日本晴れ」という鳶集団なのだが、背中に刺青はしょってるし、まるで昔の任侠のように集団生活してるし。
鳶の娘ツミを演じる通山愛理が微妙にかわいい。
「イントゥ・ザ・ブルー」をみた
4月 22, 2006 on 9:04 pm | In 映画・DVD評(洋画) | Comments Offジェシカ・アルバ出演作品。単にジェシカを見るためだけに見たようなもの。
実際、ジェシカを除いては他に見るべきものもなかった。
宝探しがテーマになっている。ジェシカ演じるサムは、恋人のジャレッドと一緒に財宝を積んだとみられる沈没船を発見した。しかし、一行はすぐ近くに、大量のコカインを積んだ飛行機も発見する。おまけに、スポンサーであったはずのジャレッドの友人が一文無しであることも発覚する。財宝探しの資金稼ぎとばかりにコカインに手をつけたために、麻薬密売組織に狙われることになった…。
ジェシカは日焼けした身体に、同じくらいの日焼けした茶髪で登場する。舞台はバハマ。入り交じった血のせいか、さまざまな人種を演じることのできる彼女だが、今回は非常に舞台に溶けこんでいると感じた。
ジェシカの雰囲気だけからすると「ファンタスティック・フォー」よりこちらのほうが好き。
「エレクトラ」をみた
4月 21, 2006 on 9:20 am | In 映画・DVD評(洋画) | Comments Off映画の中で描かれるジャパネスクには、とんでもなく歪んだものもある。
欧米人の眼でみた日本らしさなのだろうが、歪んだ認識の上に作り上げられたフィクションだと、二重三重に歪んで元の姿が想像もつかなくなったものもある。
もう続々とつづいているマーベル・コミックスの映画化。「デアデビル」というのがあったが、その中のヒロインを独立させたストーリーだ。
エレクトラは今や都市伝説と化した美しき暗殺者。「デアデビル」で死んだはずが、「キマグレ」という術を操るスティックという男が彼女を蘇らせ、鍛え上げたのだ。
キマグレとはなんでも時間を操る術で、極限に達すると死者を蘇らせるというのだ。言うにこと欠いて、気まぐれだってさ。
エレクトラと戦うのは「ザ・ハンド」という悪の組織なのだが、ここの幹部はどうも日本人をイメージしているようだ。(実際、そこの刺客とエレクトラが日本語で話すシーンがある)「ロシ」とか「キリギ」とか、日本人にはありえない名前がついているが。漢字でどう書くんだ?
「ザ・ハンド」の刺客グループは、それぞれ超常的な能力を持つ5人なのだが、刺青から猛獣を実体化させる能力者あり、毒女あり、岩のように硬い怪力男あり(これをボブ・サップが演じているが、ほんとのチョイ役)と、ここはどうも「SHIN0BI」か、その原作である忍法帳シリーズあたりを参考にしているのではないかと思われる。
ま、ハリウッド版の忍法帳シリーズととらまえればいいでしょう。
CM強制視聴
4月 20, 2006 on 4:39 pm | In 映像文化を語ってみる | Comments OffCNET JAPANには、海外の示唆に富んだニュースが頻繁に掲載されるので注目だ。
今回の記事はこんなニュース。
Royal Philips Electronicsが、テレビの視聴者がコマーシャルの間にチャンネルを変えられなくする、あるいはデジタルビデオレコーダー(DVR)コンテンツのCM部分を早送りできなくする装置を発明した。
この制限を受けないようにするには、放送局に料金を支払う必要がある。この制限機能は番組単位で実装でき、視聴者が各番組の開始時にいずれかを選択できる。
先ごろ公示された特許によると、この装置はセットトップボックス内部で機能する仕組みだという。これはMultimedia Home Platform(MHP)規格を使って最初の制御信号を受信し、テレビを制御する形で応答する。MHPはさらに、パイパービューコンテンツの認証時に制限を解除する支払情報も送信可能だ。
よくわからんのは、普通のテレビを見る際にSTB(セットトップボックス)なんちゅうものは噛んでいないと思うんですが。
この技術を応用されると、こんなことになるという。
(1)広告表示中は(録画ではない)直接配信された番組を視聴者が切り替えられないようにする。(2)録画された番組については、一緒に録画された広告を飛ばすための早送りができないようにする。視聴者は、そのまま広告を視聴するか、料金を支払うことでチャンネルの切り替えや、早送りを行うことになる。
DVRというものが登場した時に、これはすでに言われていたことだ。番組を録画してCMをスキップして見られることにより、テレビの広告価値が低下する。「CMスキップは著作権法違反だ」と言ったテレビ局幹部もいたっけ。
それだと、CM上映中に視聴者がテレビの前を離れないように監視する装置も必要ではないのか。それは、こんなかたちになる。
この装置はソファ、または座布団内部で機能する仕組みになる。これはMultimedia Home Platform(MHP)規格を使って最初の制御信号を受信し、CM上映中に視聴者が席を立たないようにベルトを使って拘束する仕組みとなっている。ちなみに、視聴者が目を閉じないようにするための追加技術は開発中である。
製品化した人は私にアイデア料を払うように。
記事の最初のほうに書かれていたように、これは放送局に対して料金を支払うことにより無効になるらしい。しかし、これは自己矛盾をはらんでいないか?
貧乏人ばかりがCMを見ることになる。購買力のない貧乏人は、無料で放送を見るためにCM込みで視聴するわけだ。しかし、金持ちは料金を払ってCMなしの放送を見る。結果、貧乏人向けの低価格な商品のCM以外を流しても意味なくなり、結局テレビの広告価値が低下する。
どうせなら、画面を分割したらどうなの? 選挙速報みたいに、画面の縁に広告が入るのだ。料金を払えば、フル画面で見られる。
いっそのこと、Webのアフィリエイトのように、実際にテレビを通して商品が購入できるようにし、その局からの購入金額が一定の基準を超えたらCMなしで放送を見られるとか。
いずれにせよ、こういう技術の導入は民放のビジネスモデルの転換点になる。
日本で実際にこういう技術が導入されるのかどうかはわからないが、もしされたら、大幅に民放の視聴者が減るだろうなあ。
「アテンションプリーズ」初回をみた
4月 19, 2006 on 9:13 am | In テレビ番組評 | Comments Off「アテンションプリーズ」とはまた、なつかしい題名だが、実は私は1970年の同名ドラマは見ていない。当時私は中学一年、その手のドラマにあまり興味がなかったせいだろう。
断っておくが私は上戸彩が好きである。(断るほどのことはないか)
このところ女子高生役ばかりが目立っていた彼女が、キャビン・アテンダント役に挑戦ということで見てみたが、童顔もあってやはり「見えねー!」だな。まあ、初回は制服シーンはなかったから、見えなくても当然だが。
それにしても、舞台は日本航空である。企業イメージ最悪のタイミングを迎えて、少しでもこれでイメージアップしてくれれば、という願いをこめているのだろうか。しかしながら、初回を見る限り、上戸演じる美咲洋子を採用したことが最大の不祥事であるような気もしてくる。
初回は連ドラ恒例の人物紹介に徹した展開で、美咲洋子がCA訓練生になるまでと、訓練生になってからの場違いぶりを描いていたが、面白いというほどではない。コメディには相性のいい上戸だが、ハチャメチャぶりがもうひとつ感じられず、スラップスティック的展開も中途半端。
上戸は、ここのところ後輩女優たちの猛追もあって「ハタチすぎればタダの人」にならないように頑張らねばならない時期だと思う。人気だけにあぐらをかかないように、メリハリのある演技を期待したい。
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