ふたたび、ネットとテレビの融合を考える

10月 31, 2005 on 2:48 pm | In ネットと映像の関係論 | 1 Comment

「インターネットとテレビの融合」を考える上で、nikkeibp.jpのITProに掲載されている集中連載は、ぜひ読んでおきたい記事である。

【集中連載 通信と放送の融合】記事一覧

テレビ局のVODサービスはなぜもの足りない?(10月24日)


地上デジタル放送のIP再送信,総務省の真意は?(10月25日)


携帯向け放送「ワンセグ」に通信事業者は気乗り薄?(10月26日)


コンテンツ・プロバイダへ転身,USENはGyaOで主役に躍り出る?(10月27日)


日本はVODでも音楽配信と同様の失敗を繰り返すのか?(10月28日)

この第1回に、下記のような記述がある
『現在地上波で放送されているドラマやバラエティ番組は,VOD配信に対する権利許諾を受けていないものがほとんど。既存のドラマをVODで流そうとすると,煩雑で手間のかかる権利処理の山を丹念に切り崩していく必要がある。ある在京キー局のVOD担当部長は「あるドラマをネットで流そうとしたら,電話やファクスで許諾を取らなければならない相手先は,100カ所ではきかない」と打ち明ける』

摩邪じゃないが、ハア? と問い返したくなる。
忙しいドラマの制作現場がこんなことを言うのならわかる。
だが、VOD担当部長なんだろ? それが仕事なんだろ?
許諾を取らなければならない相手が100カ所だろうが、200カ所だろうが、それが仕事なのなら、やらねばならないじゃないか?

こういう返答をする理由は、私の見るところ、ふたつしかない。

ひとつは、個人の意識として、たまたまそういう部署に配属されてしまったが、いずれは自分の元いた職場、営業なり制作なりに返してもらえる。それまでの我慢、というカイシャイン意識である。
どうせ一時の職場なら、そこで血を流すような努力をするまでもない。と考えているのだ。

もひとつは、会社の基本的な風向きとしてVODに対しては消極的だ、という場合だ。担当部長は、これもカイシャイン意識として社内的な風に逆らわず、なぜ消極的なのかに対して、正当化するような返答をしている、というわけだ。

私は、後者の気配を感じる。テレビ屋さんは、ネットに対して根本的に嫌悪感を抱いているのだ。相次ぐ買収騒ぎでボロが出たように、テレビ屋さんの基本的体質はお山の大将でないと嫌な、自己中ヤローなのだろう。

私は、IT企業トップに好感を抱いてはいないが、こうした体質を変えるのには一度本当に買収された局が出た方がいいのかも知れない。デジタル化しようが、本質的には変わらないのだろう。

テレビ局はネットとの融合を皮膚感覚で嫌悪し、IT企業側はテレビ局のコンテンツを欲しいだけで、本心からネットとテレビの融合ができるとは信じていない、という構図が透けて見えるなあ。

三木谷社長は、2005年になってネットとテレビの融合が進んだ、と会見で言っていたが、何のことを言っているのか全然見当がつかなかった。今年になって進んだのは、ネット端末機(PCや携帯)とテレビ受像器の融合だけのような気がするのだが。

私としては、テレビ局はネットとの融合を進めるよりは、ユーザビリティの向上の方が先だと思う。

まず、連続ドラマの第一回を、第二回が放映されるまでに、深夜時間帯を使って再放送せよ。ユーザーはDVD/HDDレコーダーを使って、それをキャッチできる。そうすることによって、第一回を見逃したことによる視聴機会の損失をカバーできるはずだ。

DVD/HDDレコーダーでCMスキップが可能になるから大変だ、などと騒ぐばかりでなく、それを逆用する作戦を立てないとしたら、無能以外の何ものでもないんじゃないかな。

やはり、許諾を得るのが大変だ、という理由で否定するのだろうか?

映像づくりは教育になるのじゃないか

10月 30, 2005 on 2:30 am | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

実は、映像作りを、成長期の子供たちの教育に利用する、という発想を持っている。一部では実現されているところもあるだろうが、「表現」ということを教えるのに映像作りは適当な素材なのではないだろうか、と思うのだ。

私がイメージしているのは、一番若いところで、小学校高学年くらいの年代である。ひとつ3~4人くらいのグループにして、一台のビデオカメラと、一台のノンリニア編集が可能なパソコンを与える。だいたい、夏休みなどに一泊二日か、二泊三日くらいの合宿形式で行う。

午前中は「何でも面白いと思うものを撮っていい」ということで、撮り方などは教えずに、外に出すのだ。ただし、一人がカメラを独占することがないよう、また面白いと思わなかったものを漫然と撮らないよう、だけ注意しておく。

午後はノンリニア編集の仕方を教えて、自分たちが撮ってきた映像を素材にして、ともかくも数分の作品に仕上げさせる。その時も、全員で話し合って「面白いと思うことを人に伝えよう」というテーマだけを与える。

夜は、各グループの作品を全員で見て、面白さが伝わったかどうか、ディスカッション。この日程を繰り返す。合間は遊ばせていい。ただし、カメラは常に携帯させる。何か面白いことがあったら、廻せと言っておく。

この「面白いこと」「人に伝える」というのがキーワードだ。これが表現しよう、ということに変わっていくと思うのだが。

文章を書くこと、絵を描くこと、楽器を演奏すること、などは個人の資質に非常に左右されるが、ビデオカメラを何かの事象に向けて、現実を切り取ること、は誰にでもできる。

こんなことから「表現すること」の楽しさ、面白さを覚えてくれる子供がでてくるのではないか、と期待するのだが、どうだろう。

「マッチスティック・メン」を見た

10月 29, 2005 on 2:23 am | In 映画・DVD評(洋画) | Comments Off
マッチスティック・メン 特別版
監督:リドリー・スコット
出演:ニコラス・ケイジ , サム・ロックウェル , アリソン・ローマン , ブルース・アルトマン



Story
ハリウッド映画界の巨匠、リドリー・スコット監督がニコラス・ケイジを主演に迎えて描いたクライムサスペンス。極度の“潔癖症”に悩まされる詐欺師・ロイと、父親の仕事に興味を持った14歳の娘との一大仕事を描く。…(詳細こちら


上にはクライム・サスペンスと書いてあるけど、これは完全なコン・ムービー(詐欺師映画)なのだな。作中で解説されるように題名は詐欺師をあらわしている。

ヒューマン・ドラマと思って見ていた人は騙される
未見の人のためにこれ以上は書かないけど。実は私も騙された。

14歳だという娘が登場するけど、これがどうしても14歳には見えなくて、真相がバラされた後で、なるほど、と思った。
でも、この女優はこの時24歳なのだそうだ。

コン・ゲームには昔から興味を持っている。(実際にやるという興味ではないから疑わないように)観客をいかに騙すか、というあたりが、一種の本格推理小説とも共通する興味だと思う。アガサ・クリスティーの「アクロイド殺害事件」なんか、完全にこれだもんな。

どこかの局で詐欺師を主役にした一話完結の連続ドラマやらないかな…。
毎回視聴者をだます、という興味で1クールやれれば、大したものなのだが。

「レーシング・ストライプス」を見た

10月 28, 2005 on 11:07 am | In 映画・DVD評(洋画) | Comments Off

日本シリーズが終わって、ようやくDVDを見る暇が出来た。(笑)

レーシング・ストライプス
監督:フレデリック・デュショー
出演:フランキー・ムニッズ , ダスティン・ホフマン , ウーピー・ゴールドバーグ , ブルース・グリーンウッド



Story
世界中で大ヒットを記録した『ベイブ』のスタッフが贈る感動作。ケンタッキー州のとある田舎町を舞台に、サーカス団に置き去りにされた1頭の子馬が、拾われた先で一癖も二癖もある動物仲間たちとの交流を通して立派…(詳細こちら


オンラインDVDレンタルのTSUTAYA DISCASで借りたDVD。
(上の画像をクリックすると、Livedoorぽすれんに飛ぶけどね)
ファミリーで見て楽しめる映画で、肩肘張ったところは全然ない。私はこういう映画が嫌いではない。
実写で動物が口をきく類の映画であるが、この映画では本当に動物が口を動かして喋る。だからといって、何ということもないが。
要するに「シマウマが競馬に出て優勝する」という映画である。
それ以上でも以下でもない。
こういう映画では、レースがはじまるまでがキモだと思う。レースに出れば優勝する、そう観客もわかって見ているからだ。だから「シマウマは競馬に出られない」という部分をどのように突破するかが、中盤の核心になるはず。
ところが、この映画では、競馬場の女理事長が何を思ったか、最初に「シマウマをレースに招待する」と宣言してしまう。レースに出られる、という前提からスタートするわけだ。
逆に競走馬のボスは「こいつをレースに出してはいけない」と、大群を率いてシマウマを闇討ちにする。馬の方がニンゲンよりわかっているのだ。
だが、その闇討ちをモロに受けたはずのシマウマは、駆けつけた仲間たちの前で、弱々しげに立ち上がって、しかし何もなかったかのようにレースに出て、勝ってしまう。……おいおい。何のための闇討ちだったんだ?
逆に「レースに出たら勝つ実力は持っている」が、「シマウマなんかレースに出る資格はない」「闇討ちしてでも絶対に出さない」という動きをいかにかいくぐってレースに出るか、というシナリオであれば、もっと面白くなったんじゃないかなあ。
たとえば、縞模様を黒く塗ってふつうの馬に偽装する、だとか、面白そうな手段はいくらでも考えつくのだが。

阪神タイガースというコンテンツ

10月 27, 2005 on 5:08 pm | In コンテンツの育て方 | 1 Comment

一日関西のローカルテレビ番組をつけていたが、日本シリーズにおける阪神の惨敗に触れていない番組はなかった。~~;

ま、日本シリーズについては言うまい。単に、日本シリーズの阪神は、2005ペナントレースの阪神ではなかった。それだけのことだ。

今日は、気持ちを切り替えて、IT企業が続々と狙っている(らしい)プロ野球というコンテンツについて考えてみた。

というのも、私がプロ野球を観るようになったのはごく最近のことなのだ。だいたい星野仙一が阪神の監督になった、2002年ごろからのことだ。

私の年代だと(王・長嶋の現役を知っている年代だ)、男の子はだいたい小学生時分から野球に手を染めて、同時にプロ野球ファンになる例が多かった。
しかし、私はなんとなくその流れに乗り切れず、それ故大人になってもプロ野球を観るということをしなかった。

なぜなら、面白くなかったからだ。

野球のルールくらいは大まかに知っていたが、球団のことも、選手のことも知らないのでは、たまにテレビ観戦しても興味が持てるはずがない。

それがなぜ観るようになったのかは覚えていないが、そのあたりの知識が少しずつついてきて、試合も1年間くらいとびとびでも観ていくと、俄然面白くなってきた。

ちょうどそのあたりで、阪神が前回のリーグ優勝をしたのがよかったのかも知れない。応援するチームがよい成績をおさめることが、観戦のインセンティブになるのはまちがいないから。

「プロ野球は魅力あるコンテンツだ」とヒルズ族は言うが、プロ野球を魅力あるコンテンツたらしめているバックボーンを、はたしてよく理解しているかどうか。

逆に言えば、現在面白くないコンテンツでも、一年間くらい我慢して見続けると面白くなってくるコンテンツが他にもあるのではないか、と思う。

一年もかけなくても、短期集中でもいいから、さまざまな知識や情報を流すことによって、コンテンツが「化ける」ということも考えられると思う。

コンテンツを丸ごと作り出すのではなくても、掘り起こす、磨きをかける、ということでも、コンテンツを育てることができる、と思うのである。

阪神についても、星野監督就任以来、けっこう関西系のメディアに磨きをかけられた、という印象がある。私のようなにわかファンが急増したのも、そういうわけだろう。

生協の白石さん

10月 26, 2005 on 11:33 am | In コンテンツの育て方 | Comments Off

インターネットから既存メディアへの、コンテンツのなだれ込み現象が止まらない。

今度は「生協の白石さん」が本になって発売される。
「生協の白石さん」とは、東京農工大の生協に勤める一職員だが、生協店舗に学生たちが意見・要望を寄せる「一言カード」への返事を担当している。学生たちのふざけた質問にも、丁寧にウィットに富んだ返答を寄せる、ということで注目された。その一問一答がネットに紹介され、爆発的な人気が出たというわけだ。

その問答集はとても面白いが、代表的なサイトでごらんいただきたい。
がんばれ、生協の白石さん
他にも、ググってみればいくらでも出てくると思う。

その白石さんの問答集が11月に本となって発売されるわけだ。
私が見るところ、たぶん次クールでどこかのテレビ局がドラマ化するべく、準備を進めているのではないか?

「電車男」の場合は映画が先行したが、「生協の白石さん」はドラマ化の方が早いと思う。というのは、一話完結に適していると思うからだ。

「電車男」には一応ストーリーがあるが、「生協の白石さん」には別にストーリーがあるわけではない。が、その分自由に作り込める余地もあるわけで、一話完結の1クールドラマには適しているのではないか?

勝手に内容を予想してみる

舞台はどこかの大学(東京農工大を模しては、ドラマの範囲が狭まるので、総合大学になると思う)の生協店舗。ここに勤める白石さんが、学生の寄せる一言カードにウィットに富んだ返答を寄せる、のは事実のとおり。ドラマとしては、学生がなぜそんな一言カードを寄せたのか、という興味で展開する。

たとえば、白石さんの問答集にこんなのがある。

>Q.もういやだ。死にたい
>
>A.生協という字は「生きる」「協力する」という字を使います。
>だからといって、何がどうだという事もございません。
>このように、人間は他人の生死に関し、
>呆れる程、無力で無関心なものです。
>本人にとっては深刻な問題なのに、何だか悔しいじゃないですか。
>生き続けて、見返しましょう!(白石)

たとえば、この学生に何があったのか、を焦点にドラマ化する。

一言カードを寄せた学生とその周辺には、人気の出つつある若手俳優を毎回ゲストに迎える。若手だから、ギャラも安い。

これに対する白石さんの対応は、返答を返すばかりではなく、学生たちを陰から優しく見守ることになる。時にはさりげなく彼らの悩みが解決するように協力したり、生協の扱うさまざまな商品を通してさりげなく解決のヒントを与えたり、といった展開となる。

一方、白石さん本人の周辺にも日常のドラマがある。たとえば、彼自身の恋や悩みといったことが、問答とオーバーラップして「なるほど、こういう訳でこんな返答になったのか」と思わせるような展開だ。

実在の白石さんは36歳の男性だそうだが、ドラマの白石さんはもう少し若い方がいいだろう。私のイメージするのは、ズバリ草なぎ剛である。(なぎの字が出ない)

どうです? 意外とドラマになりそうでしょ。

伊東美咲ってさ(フジTV系月9ドラマ「危険なアネキ」)

10月 25, 2005 on 2:18 pm | In テレビ番組評 | 2 Comments

フジTV系月9ドラマ「危険なアネキ」の第2回を昨日見た。

伊東美咲ってさ、たしかに美人だけど、演技は頼りないね~。
てなこと書くと、美咲ファンに刺されそうだけど。

前作「電車男」のエルメス役の時に痛感したのだが、自分とかけ離れたキャラを演じると、どうも自分自身とまどいがあるのじゃないだろうか。

どうも、本人がおとなしいお嬢様キャラじゃないらしい。
その象徴的なのが、途中でいったん止まる「腰折れセリフ」。

「やっと会えましたね………電車男さん」
てな調子で、途中で止めが入る。

本人はタメているつもりだろうけど、不自然だし、テンポもなくなる。
よく監督がこんな演技OKしたもんだ……というか、たぶん直しようがなかったんだろうけどね。

映画初主演作の「海猫」でも同様の演技があったから、間違いないと思う。

それに比べると「危険なアネキ」は、ずっと自然。
明るい天然系キャラで、たぶん本人のキャラに近いのだろう。
今後はコメディエンヌとしての活躍を期待したい。

悪口に聞こえるといけないから付け加えておくと、私は彼女が嫌いではないので、変な演技をさせているのは、プロデューサーや監督にも問題があると思ってる。

しかし、月9もこんなスラプスティックコメディ的なものを入れてくるとは、大分変わってきたね。

しかし、どこが「危険」なのか、いまだにわからん。もっと破壊的なキャラかと思っていたが…。

Google Desktop2 入れてみた

10月 24, 2005 on 11:27 am | In 平成徒然草 | 2 Comments

Google Desktop2を入れてみた。

サイドバーというのがデスクトップに出来て、そこにニュースやらメールやらの情報が表示される。ブログなどのRSSにも対応していて、よく読んでいるブログの最新エントリーなどが入ると表示されるようになる。

なんか、自分のデスクトップが新しい情報機器に変身したような気がして、ちょっと気にいってしまった。

傑作なのは「写真」という項目。
デフォルトだと、コンピュータ内にある画像ファイルを自動的に小さな枠内でスライドショー上映している。設定を切り替えると、過去にウェブ等で見た画像などを順繰りにスライドショーするようになる。

つまり、エロサイトなどを見に行くと、その後仕事している時もエロ画像が表示されるようなことになるわけだろうな…。^^;)

ま、必要でなければカスタマイズは自由にできるので、はずしてしまえばいいわけだが。

飽きるまでしばらくウチのデスクトップに常駐することになりそうだ。

アナログ放送終了シール

10月 22, 2005 on 6:22 pm | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

総務省が金を出して、10/22から、「アナログテレビ放送は2011年に終了します」というシールをテレビ売り場などに貼りだすのだそうだ。

これは、総務省が6月に発表した調査結果で、2011年にアナログテレビ放送が終了することを知っている人が1割に満たなかったという事実を受けてのもの。

アナログ放送をたった6年後に終了するのが、はたして正しい政策なのかどうか、あなたはどう考えますか?

テレビ局は地上デジタル放送が便利で画質がよいことのキャンペーンを必死になって行っているようだ。しかし、私は「アナログテレビ放送は不便で、画質が悪すぎて困る」と言っている人に会ったことがない。

私の個人的な意見だが、アナログテレビ放送はそれ自体に特に大きな問題を抱えてはいないと思う。便利さが足りないとも思わないし、画質もまずまず満足できる。

地上デジタル放送の便利さが、現状に追加されるだけならよいが、これだけ大きく視聴者を抱えている放送を、たった6年後に終了させることが本当によいことかどうか、議論が十分になされているのだろうか。

現にまだ、地上デジタル放送のチューナーを搭載していない、アナログ専用テレビやレコーダーが数多く売られているのだ。

こんな想像をしてみる。

年金だけで生活している老人夫婦。
テレビももう十数年も買い換えておらず、やや調子が悪くなると、叩いて直す。テレビ売り場などに縁がないので、シールも目にしていない。

当然娯楽にお金をかけることもできず、テレビだけが唯一の娯楽、「水戸黄門」やら大相撲、プロ野球などを楽しみにしている人たちが、アナログ放送の終了とともに娯楽や情報を失ってしまうのだ。

地上デジタル放送のチューナーを買えばまたテレビが見られる、と言ってあげても、夫婦目を見合わせて肩をすくめる。年金でぎりぎりの生活をしているので、その費用の持ち合わせがないのだ。

こういう人たちから、テレビを取り上げてしまうのが、本当によい政策なのかどうか。あなたはどう考えますか?

「アレキサンダー」を見た

10月 21, 2005 on 8:46 am | In 映画・DVD評(洋画) | Comments Off
アレキサンダー
監督:オリバー・ストーン
出演:コリン・ファレル , アンジェリーナ・ジョリー , ヴァル・キルマー , ジャレッド・レト , アンソニー・ホプキンス



Story
オリバー・ストーン監督が若手注目度No.1俳優、コリン・ファレルを主演に迎え、総額200億円の製作費を投じて放つスペクタクル史劇。20歳でマケドニアの若き王となり、世界を征服を成し得たアレキサンダーの栄光と孤…(詳細こちら


Livedoorぽすれんで借りたDVD。

スペクタクル歴史絵巻、という感じ。
映像はなかなか重厚で、ばっちり金をかけた様子ですな。
合戦シーンがもう少しひとつふたつ多ければ(一番金かかるところだけど)。

映像は素晴らしいのに、ナレーションでつないでいく(アレキサンダーに従った貴族が、後年回顧録を口述筆記させているシーンの合間に映像が入っていく、という趣向になっている)ところは、ちょっと興ざめする感じもある。
誰もがアレキサンダーの歴史に詳しいわけではないから、ある程度仕方がない部分もあるのだが。

アレキサンダー大王は、ホモで、母親恐怖症で、母親から逃れるためにアジアに遠征した、ちょっとイカれた奴だった、というストーリー。

アレキの母親を演じるアンジョリーナ・ジョリーが怪演。
たしかに、怖い

私はだいたい日本語吹き替えで見るのだが、周囲がギリシア読みなのに、アレキサンダーだけ英語読みで呼ばれるのが違和感があった。「アレキサンドロス」のはずでしょう。

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