「となり町戦争」をみた
12月 22, 2007 on 11:10 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments原作は小説すばる新人賞の受賞作だそうだ。
「舞坂町はとなり町の森見町と戦争をします」と、伝えられる。
日常の市民生活は別に何の変わりもなく続けられている。
どこで戦闘が行なわれているのか、普通の市民にはまったくわからない。
ただ、戦死者の知らせがローカル新聞の隅っこに小さく報じられている。
まあ、シュールな状況といえるのかな。
こうした奇妙な戦争の中で、主人公である会社員(江口洋介)は町役場への呼び出しを受け、偵察要員として招集される。
戦争は、町議会の決定を受けて町の事業として行なわれているらしい。
その戦争を推進する町役場職員(原田知世)と知り合い、後には偵察業務ということで同棲することになる。
主人公の中でだんだんこの奇妙な戦争がリアルに感じられるようになっていく過程が、淡々と描かれる。
平和ボケした日本人に日常的な戦争というものがどのように受け取られるのか、という面白さを狙っているのだろうが。
ただ、結局はこの中で男女の恋愛模様で締めくくっていくのは、せっかくのテーマをスポイルしてはいないか?
原田知世の女性町役場職員が、たとえば男性であったら、と考えてみる。
これは結構面白いんじゃないかな? おそらくはディスカッションがはじまるのだろう。
ちょっと原作を読んでみたくなった。
「憑神」をみた
12月 13, 2007 on 8:46 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments人気作家浅田次郎原作のコミカル時代劇。
最後には、原作者まで出てくるが…。
なんとも運の悪い男の話だ。
ダイハードシリーズのジョン・マクレーンより、運が悪い。
先祖が家康の影武者だったというだけが誇りの下級武家の次男坊、彦四郎が主人公。
ある日酔った勢いで怪しげな稲荷社に願いを立てたところ、三つの神が次々にとりつくという羽目に陥る。
この神というのが、貧乏神、疫病神、死神というタチの悪い神様だったから大変、というわけだ。
神たちがいずれも役目とは真反対の外観をしているというのが面白い。
しかも、痛めつけられたり、情にほだされたりして、主人公にふりかかるべき災難を他に向けてしまう。
なんでも神にも上の者がいて、あまり勝手をすると叱られるというのだが。
微妙なバランスだが、もう少しドタバタの方向に振ったほうがよかったかも。
「蟲師」をみた
12月 12, 2007 on 12:00 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments大友克洋監督作品である。
独特な空気感が漂っている。微妙なバランスの上に成り立つ世界観、とでもいうべきか。
作品に対する予備知識はほとんどなかったので、よく理解ができなかった。
そもそも「蟲」とは何なのか?
Wikipediaの「蟲師」の項目にはこのように書かれている。
「みどりもの」とも呼ばれ、この世のあらゆる生命よりも命の源流に近いもの。「生」と「死」の間、「者」と「物」の間にいるもの。人の中には見える者と見えない者が居るが、稀に全ての人間に見える種類も存在する。
なるほど、よくわからん。いわゆる「霊」だとかの類に近いものだろうか。
それにしても、作中にこういうことについての説明が何もなかったのは、不親切といえるなぁ。
この作品、時代背景がよくわからなかった。ちょんまげは乗せていないが、時代劇に近い和装の人物ばかり出てくる。それにしては「電気」についての会話もあったりする。上記Wikipediaによると、
時代設定については、作者自身特に設定はされていないそうだが、イメージは「鎖国を続けた日本」、もしくは「江戸期と明治期の間にある架空の時代」といった所との事。
ストーリーは、主人公ギンコの失われた記憶探しを縦糸に、横糸として各地での「蟲」退治などがからまる。
しかし、はっきり言って最後は足をすくわれるような感覚だった。立ち去っていくギンコ。あれでいいのか?
「ゲゲゲの鬼太郎」をみた
12月 7, 2007 on 10:53 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Commentsやっぱりウェンツの鬼太郎はミスキャストだ。
鬼太郎ってあんなに手足が長くはないし、顔も長くない。育ちすぎの鬼太郎だ。
すごく違和感があるのが、「妖怪」というものの統一感のなさ。
鬼太郎や猫娘みたいにほとんど素顔なものもあれば、砂かけ婆みたいに特殊メイクで作ってる妖怪もある。CGの妖怪もいるわけで、これらが同じ「妖怪」というひとつのジャンルでくくられる存在だと思えない。
何もハリウッド作品が上等とは思わないが、最近のコミック原作のハリウッド作品を見ていると、まずこうした「統一感」とか「同じ存在感」というものをピッタリ合わせてくる点は、感心させられる。
この統一がとれていない感じが、豪華メンバーを使って子供だましを作っている感覚につながってしまう。「よく出来ているなあ」という感想にはならないのだな。ストーリーはいざしらず。
「椿三十郎」をみた
12月 5, 2007 on 11:50 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Commentsちなみに今公開中織田裕二主演の映画ではない。
元祖黒澤版のほうだ。
初見ではないが、何度見ても面白い。
スピーディな展開、キャラクターの造形、緊張と緩和の絶妙なバランス。
娯楽時代劇とはこうあるべき、というお手本のような映画だ。
押し入れ侍も面白い。
ちょっと主人公が強すぎるような気もするが、まあチャンバラ映画だから当然でしょう。
さて、森田版織田三十郎が、どう演じられているか、楽しみだ。
「大日本人」をみた
12月 2, 2007 on 5:00 pm | In 映画・DVD評(邦画) | No Commentsダウンタウンの松本人志初監督作品(笑)。
これは「映画」ではないなぁ…。何か別のものを見せられているようだ。
北野武の作品は良くも悪くも「映画」だったが、松本はまったく別の方向を向いている。
かといって、これはテレビでは実現できないコンテンツであることも間違いない。
あえてストーリーを紹介する意味もないとは思うが、「大日本人」という職業につく、大佐藤という男の日常を淡々と描いている。密着ドキュメントみたいな形式だ。「大日本人」というのは防衛庁の委託を受けて、高圧電流を浴びることによって巨人化し、「獣」と呼ばれる巨大生物の退治にあたる世襲の職業らしい。
ひとつ疑問がある。「大日本人」は主人公で六代目、ということは数えて初代は明治初~中期に活躍したことになる。そんな時代に巨人化変身できるだけの高圧電流が作り出せたのか? まあ、書いててむなしくなるような疑問ではある。
エンディングで突然趣向が変わるのは、ちょっと見ていて見苦しかったな。たぶん広げた風呂敷を畳みきれなかったんだろうけど。
「しゃべれども、しゃべれども」をみた
11月 29, 2007 on 12:00 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Commentsトキオの国分太一の初主演作。
二ツ目の落語家を演じているわけだが、これがまったく似合ってない。
伸び悩んでいる二ツ目の落語家古今亭三つ葉は、ひょんなことから素人三人相手に落語教室をはじめることになってしまう。その生徒というのは、無愛想がゆえに男に振られた美女、関西弁を同級生にからかわれている小学生、口が悪くて野球解説ができない元プロ野球選手の三人だ。
ここがよくわからないのだが、どちらかというと人とのコミュニケーションに問題がある人たちで、話し方教室ならわかるのだが、落語を学ぶことがコミュニケーションの役に立つ、というのがどうもよくわからん。まして、なぜ半人前の三つ葉のところに。
特に香里奈演じる美女の動機がよくわからんね。初見で三つ葉に一目惚れしたというなら、話はわかるが。(エンディングのとってつけたような抱擁シーンからすると、そういうことかもしれんが)
阪神タイガース大好きの小学生が、この映画一番の熱演。この子役がいなかったら、救いようがない映画と思ってしまったかも。
「手紙」をみた
10月 5, 2007 on 1:14 pm | In 映画・DVD評(邦画) | No Commentsいまは若手女優花ざかりといわれるけれど、なんといっても注目は「エリカ様」だろう。
昨今の騒動はおいといても、彼女くらい演技力とスター性の両方をかいま見せるコは他にはいない。アイドルの中で一頭地を抜いている。
その沢尻エリカ出演作品。罪と償い、そして絆といった、けっこう重いテーマを扱った青春ものである。
強盗殺人で服役中の兄を持った青年直貴を山田孝之が演じる。彼は大学進学をあきらめ工場で働く身だが、中学時代からの友だちと漫才コンビを組んで、お笑い芸人になる夢を持っている。
ちょっとこのあたりでひっかかる感じがあった。普段の暗い表情と、お笑いに打ち込む時のギャップを山田が演じ切れていない感じがしたのだ。
で沢尻エリカであるが、そんな直貴に思いを寄せる少女由美子。関西弁がやや奇異な感じはしたが、うまく演じている感じはある。ただ、直貴と関わることで彼女自身も変貌をとげていくのだが、そのあたりの描写が十分とはいえない。直貴の抱えるテーマのほうが重大でそちらを描く方に力点が置かれているのだが、エリカ主体に見るファンは物足りなかろう。
正直な話、テーマが重すぎてうまくそれを活写しきれていない感じがある。特にエンドの処理にはちょっと不満が残っている。
「バッテリー」をみた
10月 3, 2007 on 12:00 am | In 映画・DVD評(邦画) | No Comments岡山県の片田舎を舞台に、中学野球に打ち込む少年たちの姿から、友情と家族愛を描く。
さわやかな雰囲気の映画である。
そういえば、なぜピッチャーとキャッチャーのことを「バッテリー」というのだろう?
どこかで聴いたような気もするが、忘れてしまった。
都会から転校してきた中学一年生の巧は天才的なピッチャー。引越早々、キャッチャーの剛とめぐり合う。なんと剛はたちまちに巧の剛速球を受け止めるようになった。かくて、ふたりはバッテリーを組む。
中学に入学し、野球部に入った巧と剛は、上級生をおしのけてレギュラーの地位を奪う。それゆえに恨みを買い、闇討ちに遭う巧。
…あれだけの暴行を受けて、ピッチングに影響もなしというのはどうなんだろう?
バッテリー間の信頼関係というと、プロ野球ファンはすぐにサインプレーを思い浮かべるが、やはり中学野球ではそこまでは無理なんだろうか? やがて巧・剛のバッテリー間の信頼関係にひびが入るが、それを克服するふたり。
さまざまな要素が多く入りすぎていて、もう少し整理したらいいのではないかと思うところもある。
しかし、友情の物語としてぜひ子どもたちにも見てほしい映画だと思う。
特に剛役の子がいい。ややドカベン風で、昔のキャッチャーというイメージなのがご愛敬だが、笑顔もよく、演技もすばらしい。
「大帝の剣」をみた
10月 1, 2007 on 12:00 am | In 映画・DVD評(邦画) | No CommentsおバカなSF時代劇だ。
遙か昔地球に落下した謎の金属オリハルコンで三種の神器が形作られた。そのうちのひとつが「大帝の剣」である。三種の神器をすべて揃えると世界を思いのままにすることができるといい、徳川家康も部下を派遣して探させているという。
「大帝の剣」を持つのが阿部寛演じる万源九郎である。日本に渡った黒人の孫という設定なのだが、少年時代とあまりに容貌が違いすぎるぞ。
三種の神器を狙うのはもうひと組。アメーバ状の宇宙人たち。彼らは地球の動物の体内に侵入して不思議な能力を備えさせる。一方は長谷川京子演じる豊臣の忘れ形見に憑依し、もう一方は憑依する相手を乗り換え怪物化させつつ三種の神器を奪いにくる。このあたり「二十億の針」そのものだ。
夢枕貘の原作だが、まあこのテのストーリーはキライではない。料理の仕方しだいではあるが。
監督は堤幸彦。あえてB級、いやC級映画を狙ったフシがあるが、見事にこけてる気がする。せめて「トリック」風にやっておいてくれたら、という気がした。
江守徹のナレーションが過剰すぎ。どうせやるなら講談調にでもしておけばよかったのではないか。
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