ビデオカメラ「撮るだけの時代は終わり」

5月 14, 2007 on 3:19 pm | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

CNET JAPANに興味深い調査結果が載っている。
ビデオカメラ「撮るだけ」の時代は終わり–撮影後の映像編集に前向きな意向あり」と題した記事だ。

 また、6割の人が撮影した映像の編集について前向きな意向を示しており、特に男性ではその割合は7割近くに至り、撮影したあとの映像加工を楽しみたい人が広がっている。

家庭用ビデオカメラの画質向上や、パソコンによる映像編集が身近になったことで、映像を編集してみたいと思う人が多くなった、という調査結果だ。

ただ残念なことに、実経験で「ビデオ編集をしたことがある」という人の割合は調査されていない。たぶん、この数字を出したら、意向の約6割よりは相当下がるのではないだろうかと思う。

「やってみたい」は高いが、「実際やってみた」はそんなに高くないのではないだろうか。

何より、世の中に映像づくりについての情報が少ない。編集ソフトの使い方の本は載っているが、何をどう編集すべきかという本(それもホームビデオユーザーを対象とした本)はほとんどない。

Web情報なども手薄だし、そもそも作った作品をどうすべきかについて、動画投稿サイトなど以外には簡単に発表したり、広く人に見せる手段はまだ多くない。

このあたり、ユーザーの意識に、まだ世のサービスが追いついていない状況が見てとれる。ビジネスチャンスがあると思うのだが。

エディウスJは小学校に受け入れられるのか

4月 4, 2007 on 5:30 pm | In 映像文化を語ってみる | 1 Comment

AV Watchで映像系エンジニア/アナリストの小寺信良氏がカノープス社の編集ソフト「エディウスJ」の紹介記事を書いている。

小寺信良の週刊「Electric Zooma!」『第301回:文教に注目した編集ソフト「エディウスJ」~ マニュアルなしで簡単操作は本当か ~』
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070404/zooma301.htm

このエディウスJは単なるコンシューマー向け編集ソフトではなく、学校教育を狙っているという点で、はじめての製品だ。それも専門学校とかではなく、小学校からの映像教育向けの製品だ。

このソフトについては私は触ったこともないので評価しにくいのだが、とにかく新しい映像教育の扉を開く製品として注目はしている。はたしてどれくらい小学校に導入されるのか、興味が深いところだ。

ただ現実問題としては、PCはまあ学校にあるとしても、ビデオカメラはあるのか、そもそも映像づくりについて教えられる先生がどれくらいいるのかなど、非常に難しい問題はあると思うが。

ただ、映像づくりが学校教育に取り入れられることには大賛成であるし、新しい映像世代が生まれるという期待もあるところだ。

投稿ムービーの限界をいかに超えるか

3月 20, 2007 on 7:59 am | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

ITmediaに映像系エンジニア/アナリストの小寺信良氏がコラムを寄せている。
ムービーがテレビを捨てる日」意味深なタイトルだ。

テーマは、デジカメやケータイの動画撮影機能が動画コンテンツにどう影響を与えるのか、ということだ。これは映像づくりの文化復権をとなえる私としても非常に興味があるところなのだ。

小寺氏は、動画メインのデジカメについて、下記のように語る。

 これらのデジカメの動画機能は、テレビ屋から見れば「わかってない」ということになるかもしれない。だが筆者は逆に、「わかる必要はない」という気持ちもある。デジカメ動画は、もはやテレビに対しての互換性を捨てるべき時期に来たとさえ思っている。

テレビ制作の技術畑を経験した小寺氏であるが、真意はこういうことらしい。

 目の前のものが「撮ること」によってどのように変化したか。自分の「こう撮りたい」という意志がどのように投影されたか、それが今すぐにわかるから、デジカメは面白いのである。(…)

 これを動画でできないか。これが映像のプロの世界で起こっている、もう1つのムーブメントである。みんな映画のような個性ある映像を作りたいのだ。このアプローチは、ハイエンドのビデオカメラでも行なわれているが、もっとも簡単に実現できるのが、デジカメのムービー機能であるはずだ。「テレビに映す」ということをあきらめれば、ガンマや色温度、色域をむりやりNTSCに押し込める必要はない。もっと高い領域での映像美が表現できるはずだ。

たしかに、映像にとってテレビというのはひとつの受像手段にすぎない。

テレビが家庭の中心であった時代ははるか昔のことだ。キングオブメディアとしてのテレビの地位も揺らいでいる。テレビにこだわる必要はないような気もする。

それはよしとして、だがその先にあるのは何だろう?
小寺氏はYouTubeなどの動画コンテンツの隆盛にからめてこう語る。

 そして今後問われていくのは、そこに写った面白い事柄の見せ方である。今後このようなムービー投稿サイトが隆盛となるならば、著作権的にクリアな完全なるプライベートムービーは、その大半が1カットとなることが予想される。一般の人が編集してまでコンテンツを作るというのは、今はパソコンを使えばそれほど難しくはないが、それをやるモチベーションが維持できない。

うーん。ここは賛同できない。

モチベーションが維持できるかどうかは、非常にパーソナルなことだ。おおかたの人はそうなのかもしれないが、「一般の人が…」と十把一絡げに言ってしまうのは乱暴だろう。一般人であっても、ちょっとしたモチベーションさえあれば、編集もするだろうし、コンテンツも作るだろう。

さらに小寺氏はこう語っている。

 ただこのような投稿ムービーの面白さは、やがて限界が来るだろう。それはすでに現在のビデオジャーナリズムの中に顕著化し始めていることだが、「物作りの魔法」が起こらないからだ。
(…)
 1人で作っていくものは、常に等身大の自分を超えられない。それを超えたければ、自分自身の成長を待たなければならない。だがその成長は、自分1 人ではなし得ない。個人投稿というムーブメントは、そういうループに陥りやすい構造を持っている。それは映像文化にとって、必ずしも良いことばかりはもたらさないということである。

これは激しく同意。

ただし裏を返せば、個人で制作・投稿したとしても、それをいろんな人が見て、レスポンスを返してくれ、それによって自分が成長をはかることのできる環境さえあれば、そのループには陥らないはず。

さらに言えば、そこで協業する仲間を見つけ、いっしょにものを作っていく面白さにめざめれば、一般の個人であっても映像コンテンツを作り続け、発信も続けていくことができるだろう。

そういう環境が必要であれば、作ろうと思う。

これでもCG

3月 12, 2007 on 7:11 pm | In 映像文化を語ってみる | 1 Comment

以前、CG美女をご紹介したから、今度はCG美男である。
たぶん、前回ほどの反響はないと思うが…。

元画像は、このサイトで、Artist Himselfと書いてあるから自画像だと思う。…が、本当かどうかは定かでない。かなり美化してあるのではないかと思う。実際に会ってみたら、ショボいもやし男という可能性も高いのでは?

作者はPiotr Wysockiという人物。東欧の人か?

植草痴漢事件をビデオ化

3月 1, 2007 on 1:59 pm | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

infoseekニュース(スポーツ報知)が伝えるところによると、

 “ミラーマン”植草一秀被告(46)による痴漢電車事件が、ビデオ化されることとなった。女子高生の尻を触ったとして都迷惑防止条例違反に問われている元早大大学院教授、植草被告の第5回公判が28日、東京地裁(神坂尚裁判長)で行われた。今回から登場した新弁護団は、事件の再現ビデオによって潔白を証明する方針を示した。

 新弁護団は24日、検察側の主張通りに、植草被告、被害者、目撃者、女性乗客の4人の代役が登場する再現ビデオを撮影。その結果「目撃者からは被害女性の頭部しか見えない」(弁護団)などと、目撃者らの証言に矛盾点があると指摘した。今後、植草被告の主張に基づく別バージョンの再現ビデオも作製される予定。証拠として採用されれば、3月28日の次回公判で法廷内で“上映”される。

裁判の立証のために作られたビデオではあるが、ちょっと見てみたい気もする。

ピグマリオン

2月 26, 2007 on 1:44 pm | In 映像文化を語ってみる | 3 Comments


いきなり美女の写真で驚いたかもしれないが、これがCGだと言われたらもっと驚くことだろう。だが、そうなのだ。

Gizmode Japanの「精巧すぎるCG」によると、

信じがたいかもしれませんが、これ、CGです。写真じゃありません。

CGの作者はインドネシア人のアーティストMax Edwin Wahyudi。モデルは韓国の有名女優ソン・ヘギョ。使用したソフトはPixelogic Zbruchと、アニメーションのモデリング用にAutodesk 3DS Maxだそうです。

ちなみにこの作者のWebサイトにはもっと大きな画像が置いてあるが、それを見てもまだ信じられない。髪の毛の先のほうを見ると、かろうじて実写ではなさそうなことがわかる。だが、顔を見ている限りでは、どう見ても写真そのものだ。

サイトには作成方法のチュートリアルも載っているので、CGクリエーター諸氏はぜひ参考にされたらいいと思う。

ただし、これがあまりにも似ているのはやはり静止画だからだろうと思う。モーションキャプチャーを使おうが何しようが、今はまだ動き付きで実写と見間違うようなCGは作れない。……と思う。

商品レビューにみる「集合知」

2月 23, 2007 on 9:19 am | In 映像文化を語ってみる | 1 Comment

ビデオカメラは今混迷時代に突入している。

放送用ビデオ方式だけでもSD(現行ビデオ放送)とHD(ハイビジョン)がある。
記録媒体は従来のテープに加えて、DVDやらHDDやらメモリーカードやら。
記録方式だってDV圧縮はもちろん、mpeg2はあるわ、mpeg4はあるわ、H264はあるわ。

いちおーは映像の専門家であるはずの我々でも、はっきり言ってわけがわからんのだ。

こんな時代にビデオカメラ購入に対するアドバイスを求められても、どう答えていいのか迷うのですよ。
だいいち、全部購入して試してみるわけにもいかないじゃないか。

こういうときに何が頼りになるかといったら、先に商品を買って使っている人の声だ。
メーカーそのものが哲学を持ち得ない時代だ。
こんなときにメーカー発信の情報を信じていたら、とんでもないことになる。
雑誌もダメだ。メーカーの紐付きでなくても、悪口を書いたら次から試用させてくれなくなる。
ブログも一握りのカリスマブロガーの発言だけ見ていたら、バイアスがかかっているから道を誤る。

価格比較サイトのコネコネットが、コネコクラブというSNS(といっていいのか迷うが)を開設した。
これが見事に日記もコミュもなく、レビューだけのサイト。
ただし、レビューにもコメントがつき、よいレビューを書いた人にはポイントが与えられる。
ポイントは次にものを買うとき割引券の役目をはたす。

コネコクラブの仕組みがどうか、それはともかくとして、いいアイデアだと思うのだ。
ようするに口コミによる集合知の形成である。
商品を買った人はそれについてレビューを書き、よいレビューほどポイントをもらえる。
レビューにコメントもでき、双方向のコミュニケーションもはじまる。
ひとりではなく、たくさんの人がレビューを寄せることによって、バイアスや無知も打ち消されていく。

これからは、こういうメディアがたくさん出来ると思う。
こういう時代は、商品力が勝負ですよ。メーカーさん。

条件不利地域

2月 22, 2007 on 10:42 am | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

「西正が贈るメディア情報」より
http://officen.blog.shinobi.jp/Entry/106/

 本日も某所で講演をさせて戴いたが、旬なテーマとしては、IP方式による地上波再送信のことを採り上げることになる。「どうして、IPの話が出てきたのでしたっけ?」という流れから入れば、必ず2011年にアナログを止めた時にデジタル波が届かない「条件不利地域」なるものが出来るから、「そこをカバーするための補完的な手段として」となる。

なんだって? 

2011年になってもデジタル地上波が届かない地域が出るので、それをIP再送信でカバーするんだって?

だったら、最初から電波を使うのをやめて、全部IPでやればよかったんじゃないのか?

それか、2011年を遅らせて、デジタル地上波が届かない地域が日本からなくなるまで、アナログを停めないようにすべきじゃないのか?

最初からスケジュールありき、結論ありきで進む電波行政。
誰も間違っていると声をあげないことのほうが怖い。

低所得層に無料で地デジチューナーを

2月 19, 2007 on 10:19 am | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

NIKKEI NETが伝えるところによると、

 政府・与党はテレビの地上波がデジタル放送に全面移行するのをにらみ、低所得の高齢者世帯などへの受信機の無料配布を検討する。2011年7月に現行のアナログ放送が打ち切られると地デジに未対応のテレビは映らなくなるため、買い替えが困難な世帯に対する支援策が必要だと判断した。

当然だと思う。

以前にもこのブログに書いたのだが、年金暮らしでテレビが唯一の楽しみ、という高齢者世帯は多いのだ。憲法に保障された最低限の文化的生活、というのがテレビを見られることだというのは、今や当然だと思うが。

願わくば、財政難などを理由にこの支援策の実施をためらわないようにお願いしたい。テレビを見られなくしたのは、あんたたちの方なんだから。

佐賀県アジアのハリウッド構想

2月 13, 2007 on 8:14 am | In 映像文化を語ってみる | Comments Off

KNN(Kanda News Network)の記事から知ったが、佐賀県にはこんな構想があるようだ。

 “アジアのハリウッド構想”とは、100年以上前に新しい成長産業であった映画産業が当時のアメリカの大都市ではなく、ハリウッドという地方に集積・ 定着したことをモデルにして、21世紀の新しい成長産業であるデジタルコンテンツ(※ 1)産業を佐賀県に集積・定着させるために必要な条件やその条件整備のために具体的に何を実施すべきなのかを見極め、その条件整備を全国に先駆けて取り組むことである。

 特に、佐賀県は、デジタルコンテンツ産業を単に成長産業として捉えるだけでなく、デジタルコンテンツを佐賀県の新たな文化、産業として位置付けることにより、IT(※2)の活用によって生活の質が向上したチャレンジド(※3)の方々が、この新しい文化、産業を共有する将来像を描いている。

気概はすごく買うのだが、相手があることなので、実現するかどうかは必ずしも保証されたものではない。

ただ、ハリウッドといえばたしかに聞こえはいいのだが、成功例であるハリウッドの映画産業だけにとらわれてほしくないと思う。
デジタルコンテンツ産業には、いま多くの地方自治体が注目していると思う。だからといって、条件を整備すればクリエイターが集まってくるとは限らないことは肝に銘じておいてほしい。

簡単に言えば「地方に行ってしまえば仕事が来なくなる」という危機感をどのように解決するのか、というビジョンを示さないと成功しないということだ。たぶんコンサルタント会社とか企画会社が県にやとわれてこういう構想を作っているのだと思うが、それらの業者がこのビジョンを示せるかどうか、もう一度県の担当者は問いかけてみたらどうだろうか?

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