映像文化を語ってみる

映像文化復権元年(3)

2010/12/12

(1)(2)と「誰でも映像が作れるようになった」背景を振り返ってきた。

逆に、今度は映像制作業界はどうだったかを見てみたい。

映像制作業界全体には当てはまらないかもしれないが、私の周囲を見ていての感じだということをお断りしておく。

バブルの頃ちょっとした映像制作ブームがあった。企業は全体的に金余り状態の時である。インターネットはまだ来ておらず、CD-ROMによるマルチメディアというのは存在したが、まだPC性能も十分ではなかったせいか、あまりふるわなかった。

その時、映像を作るというのはちょっとした「目新しいこと」だったのだ。
べーカムのカメラだの、リニアの大きな卓(制御用のコンソール)をそなえた編集室だのが、これ見よがしにクライアントに見せられた。

ここで、業界が間違ったと思うのは、機械の使用料はいくらいくら。カッコ人件費込み、的な扱いにしてしまったということである。

べーカムのカメラ一式いくらに、カメラマンとVE(ビデオエンジニア)がコミコミで見積もりされていた。そこには、カメラマンの技術者としての腕は計算されない。経験30年のベテランも、今年カメラマンに成り立てのひよっこも、同じく機材とコミコミにされた。

これはおかしい。本来カメラマンの人件費は、その人が積み重ねてきた経験と技術をあがなうものであるはずだ。ところが、大きくて立派なカメラを使う。それは専門家でなければ使えないから、専門家を入れよう、みたいな発想になってしまった。本末転倒である。

かくて、映像を作る人のウデというものは、あまり見積に反映されないことが常識となってしまったのである。

これが「映像を誰でも作れる」時代になるとどうなるか、ということは次回。

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