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「#ひよっこ」のここまで

主人公は集団就職で上京する

朝ドラにはパターンというものがある。「過去の有名な女性をモデルにした一代記」というようなものは定型のひとつだ。

こうした朝ドラはだいたい着地点が見えている。モデルがいるから、その人生をなぞって物語が進むからだ。

いっぽうオリジナルストーリーの朝ドラもある。「ひよっこ」もそのひとつだ。舞台は昭和の高度成長期。主人公は集団就職で上京した茨城県出身の女の子。ひとたびは向島のトランジスタラジオ組み立て工場に勤めるが、1年も経たないうちに倒産してしまい、縁のあった赤坂の洋食屋に拾われて働くことになる。今までの展開はこれだけ。それ以上でも以下でもない。

主人公谷田部みね子には、東京に出稼ぎに出ていた父親が行方不明になっている、という陰もあるのだが、それが物語の中心になっているわけではない。東京に出たのは父を探すため、というよりは父の代わりに家族に仕送りをするため。

しかし、田舎から出てきた女の子にとっては初めての経験が世界を広げていってくれている。この「少しずつ世界が広がっていく」感覚が、ひよっこの独特なところだ。着地点の見えている物語では、こういうことはない。

50年間、朝ドラを見てきた私が断言したい「『ひよっこ』はスゴい」(堀井 憲一郎) | 現代ビジネス

彼女は疾走しない。強く上昇しようとしない。自分探しなどしない。やることをしっかりやって、歩いている。ときどき何かが失われるが、それでも歩みを止めない。たしかに、人生はそういうものである。

成功するばかりが人生ではないし、夢を抱えている人だけが日本人ではない。

父の失踪によってたしかに彼女の人生は変わったが、それも受け止めて「普通に日常を生きている」感覚こそが「ひよっこ」の朝ドラとして独特なところではないだろうか。

オリジナルストーリーだった「あまちゃん」でも、物語の半ばを過ぎたら着地点は見えていたように思う。しかし「ひよっこ」では見えない。谷田部みね子はこれからどんな人生を生きていくのだろう?

ひとつ言えることは周囲の状況が少しずつ彼女を違った地平へと送り出していること。向島の工場と寮生活はみね子に仲間と安らぎを与えたが、倒産によりバラバラになった。今、みね子は赤坂のすずふり亭とあかね荘という、新しい職場と住処を得て、新しい環境に入ろうとしている。

どうも1ヶ月をめどに物語は新しいステージに入るらしい。今後もみね子は東京で生きていくのだろうか? それともいつかは奥茨城村に帰る? 夢を追求するでもなく、父親をひたすらに捜し求めるでもない。ただ一日一日をしっかりと地に足をつけて歩いて行くのが、この主人公だ。

どこへ向かっているか、ゴールがどこなのかわからないからこそ、視聴者も毎朝みね子と同じように少しずつ広がっていく世界を眺めておれるのではないだろうか。

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