コンテンツ評論 テレビ番組評

「#とと姉ちゃん」にみられない主人公の「志」

totonee終戦後にあたる第14週、主人公である小橋常子はそれまで勤めていた甲東出版を退社し、起業をすることになる。
起業というのは自分で出版社を作るということで、最初は妹たちと3人で「スタアの装ひ」という雑誌を作って、闇市の本屋などで販売することだった。

常子が甲東出版に退社を申し出た時の言葉は、「母や妹たちとの生活を支えていくためにもっとお金が必要なんです」ということだった。

つまり、この独立起業の動機は「もっと稼ぎたい」ということなのだ。雑誌出版を業としていくのもそれまでの甲東出版での経験が生かせるから、という程度のことだった。

朝ドラのヒロインというのはとかく「やりたいこと」を口に出す人種だと思う。
どの作品を見てもヒロインは自分のやりたいことを声高に口に出す。
この独立時の台詞を基準にしてしまうと、常子のやりたかったことは「金を稼ぐこと」になってしまう。

常子が最初に作った雑誌(?) 「スタアの装ひ」は、実質的には服飾デザイン画集だ。
末妹の美子に服飾デザインや絵を描く才能があることに目をつけ、次妹で小説家志望だった鞠子に文章を担当させて、冊子のかたちに仕立てたものだ。
ここでも常子は手近にあった妹たちの才能を利用しただけで、自分の作りたい雑誌を作ったわけではない。

そんな常子も素人仕事の限界を感じたらしい。
絵や文章、レイアウトなど総合的なクリエーティブの才能を持つ花山伊佐次(演:唐沢寿明)を説き伏せて編集長に据え、雑誌「あなたの暮らし」を創刊することになる。
花山はその説得を受諾する時に自らの「市井の人々の暮らしを支えたい」という「志」を語った。
常子は自らの「やりたいこと」を持たぬまま、花山の志をそのまま自分の志にしてしまう。

気になった記事。
描きたかったのは、「人々の暮しの変化」 脚本家・西田征史 - エンタメステーション

引用はしない。このタイトルじたいが「嘘」だから。
「とと姉ちゃん」が「人々の暮らしの変化」を描いてきたとは私には思えない。
もちろん小橋家の暮らしは描かれてきたが、最初の浜松時代はともかく、後に描かれたのは深川の材木問屋での生活も、仕出し弁当屋への間借り生活も、いわゆる庶民の生活を描いていたとは思えない。

「あなたの暮らし」という雑誌の編集が常子たちの仕事になるに至って、家族ドラマだった「とと姉ちゃん」がお仕事ドラマでもあるようになった。
しかし、そこで問題となったのは読者の不在だった。
「あなたの暮らし」の読者であるはずの、一般庶民の暮らしを描こうとする視点が存在しない。
まして、終戦後から高度成長期への激変の時代なのに、その暮らしの変化は描かれていない。

現在第21週だが、「あなたの暮らし」は部数を伸ばして、出版元も社員を増やしてかなりの規模になっている。
自らの収入の問題は語られないが、常子がいつも高級そうな服装をしていることからしても、「金を稼ぐこと」という当初のやりたいことは満たされたようだ。

そして「あなたの暮らし」の方向性はすべて編集長である花山の手に握られたように思える。
社長として編集長をも統括するはずの常子は、経営にかかわることも含むすべての判断を花山に手にゆだねている。
社長ではなく副編集長だといってもいい感じだ。

残り1ヶ月余りとなった「とと姉ちゃん」がどういう風に最後を盛り上げて締めくくっていくかはわからないが、常子が最後まで「本当に自分のやりたいこと」を見つけないままに終わってしまうとしたら残念だ。

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