コンテンツ文化論 ネットとコンテンツの関係論

舛添要一問題にみる今のこの国の恐ろしさ

majogari

1571年にアムステルダムで行われた魔女狩りを描いた版画

気になった記事。

「いじめる側にまわらないといじめられる」 舛添「攻撃」に識者の違和感相次ぐ : J-CASTニュース

 辞職はやむなし――。そう考える人が多いのかと思いきや、ここにきて識者を中心に「メディアリンチで吊るし上がりすぎ」「さすがに舛添さん叩きだけに終始しすぎ」と舛添知事に同情的な声が上がり始めた。そして、「矛先」は今回の疑惑を厳しく追及してきたマスコミ、都議会へと向けられつつある。

加えていうなら、ネットで騒いでいる一般ネットユーザーもじゃないだろうか。

舛添要一氏を擁護するわけでは決してない。しかし、まるでこの国の悪をすべて背負った大悪党であるかのようなマスコミの取り上げ方は異常ではないか。
それをみたネットユーザーが騒ぎ、その騒動をみたマスコミはさらに追求の手を強める。

最初の段階で舛添氏が絶対に自分の非を認めずなんやかやと理屈を重ねて自分を正当化したのが、大衆の反感を買ったという側面はあると思う。

しかし、これをたとえば冤罪に置き換えてみたらと考えると、空恐ろしい。

鉄のメンタルを持つ舛添氏だからあそこまで抵抗ができたが、冤罪被害者が自白に追い込まれる心理がわかったような気がする。

それより恐ろしいのは、マスコミ+ネットユーザー連合軍だ。この連中に悪党認定された日にゃ、この国では暮らせない。

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