コンテンツ評論 テレビ番組評

「偽装の夫婦」をみた

gisou「純と愛」「家政婦のミタ」などを世に送った、「問題脚本家」遊川和彦の脚本作品。

前作の「○○妻」などブログに書く気も起こらないほどつまらなかったのだが、この作品は面白かった。ただし、共感できる登場人物はひとりもいない。ひたすらドタバタコメディとして面白かったのだ。あ、ドタバタといっても心理的な意味で行動的な意味ではないが。

基本ストーリーは、大学時代に唯一愛した男に振られ人間不信に陥って自閉症的に生きてきた図書館司書の女(天海祐希)が、25年ぶりにその元彼(沢村一樹)に再会すると男はゲイになっていた。しかし男は余命わずかというその母親を安心させるために偽装結婚を持ちかけられる、という話。

この主人公が仮面のような微笑を浮かべて当たり障りのない生活を送っていたが、心の中では毒を吐きまくっておりそれが黒バックテロップで挿入される、というある意味古典的な演出が面白かった。

ただ、このドラマで最初から最後まで感じているのは、主人公を演じる天海祐希がミスキャストだったということ。どう考えてもこの主人公に天海祐希は合わない。その違和感が最後までぬぐえなかった。

これはどうしたことだろう? たいてい民放のドラマはキャスティング先行だから、脚本家も「天海祐希主演で」とオファーされているはず。普通の脚本家ならば天海祐希に合わせた話、合わせた主人公を書く。そこがひねくれ者の遊川和彦ならではのところか。確信犯な気がする。あえての狙いか。もしくはやりたい話を書いたのだが、遊川ももはや大先生になっており、プロデューサーはじめスタッフも何も言えなかったのかな?

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