コンテンツ評論 映画・DVD評(邦画)

「トワイライト ささらさや」をみた

2015/09/26

トワイライト ささらさや 2枚組(本編+特典ディスクDVD)新垣結衣(ガッキー)がはじめて母親役に挑戦した映画。

ユウタロウ(大泉洋)は売れない落語家。冒頭「私はもうこの世の人ではありません」という台詞ではじまるように、亡霊として登場する。
その妻サヤ(ガッキー)は葬式に乗り込んできて乳飲み子のユウスケを跡継ぎにしようと言ったユウタロウの父を避けて、かつて叔母が住んでいたというササラという田舎町に移り住む。亡霊のユウタロウはサヤに寄り添って助けていく。

亡霊が恋人(配偶者)を見守る、という構図の物語はけっこう多い。「ゴースト ~ニューヨークの幻~」なんかが思い出される。

この場合亡霊は基本人には見えないため、ユウタロウはサヤに言葉をかけることすらできない。しかしそれでは物語にならないので、たいてい抜け道が用意されている。
「ゴースト」の時は、ウーピー・ゴールドバーグ演じる霊媒師とは話をすることができた。うろ覚えだが、軽い物体なら動かすこともできたように記憶している。

この物語ではユウタロウは特定の人物(その人物には亡霊が見えるか感じるらしい) に乗り移って、その行動や言動を支配できるのだ。ただし時間制限があるほか(限度がくると身体が痒くてたまらなくなるらしい)一度憑依した人物には二度と憑依できない。

物語は田舎町ささらに移り住んだサヤを助ける隣人たちの人情話として進んでいくが、イマイチそこの部分が面白くない。3人の婆ちゃんなんか、うまいこと活躍させたら面白くなりそうな雰囲気だったのだがねぇ。富司純子の旅館大女将なんか、普段はボケたふりをしているのだがなぜそうしているのか最後まであかされなかった。

ガッキーは初めての母親役、とはいえ普段どおり。何かしら現実感のないまま進んでいく。乳飲み子をかかえたシングルマザー。売れない落語家の妻ということは蓄えもさほどなかろうに、働いている気配もない。ガッキーファンのわたくしとしては、ちょっと物足りない感じでありました。

終盤、サヤをおいてけぼりにしてユウタロウと父親との確執の歴史に話が飛んでいくあたりで、ふと気づいた。サヤが主人公とばかり思っていたが、これはユウタロウが主人公の話で、サヤはユウタロウが見守るだけの存在としてそこにいるのだ、と。そう考えれば、やたらといろんな人物に憑依したユウタロウがドタバタを繰り返す意味も理解できる。

原作ものだから、たぶん原作ではそのあたりがもっと描き込まれているのだろう。読んでないけど。

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