コンテンツ評論 テレビ番組評

「#カーネーション」をふたたびみた

主人公糸子の祖母ハル

主人公糸子の祖母ハル

再放送である。そして再見であった。思えば、この作品から朝ドラ、連続テレビ小説というものを毎回みるようになったのだった。

最初は友人が仕事の上でかかわっているということを聞き、話のタネにと見始めただけのこと。それが毎日の習慣になり、右側のタグクラウドでもひときわ目立つあのドラマと出会うことにもなった。すべてこの作品が、朝ドラの中でも名作であったという運だったかもしれない。

そんな「カーネーション」の中で見つけたキーワードは「おばあちゃん」だ。どなたかがTwitterで本作のテーマが「老い」であることを指摘していたが、作品の中でこれほどおばあちゃんが目立つ朝ドラも少ない。

最初に登場するのは、主人公糸子の父方の祖母ハル(正司照枝)だ。ハルばあちゃんは常に糸子の傍にいた。

印象的なのは、父善作がついに糸子に店を譲る決意した時のこと。糸子が帰宅すると、慣れ親しんだ「小原呉服店」の看板がなくなっていた。そして家の中にいたのはハルばあちゃんひとり。父は他の家族を連れて家を出たのだ。祖母に糸子のことを託して。

やがて糸子は洋装店を開き、母親となり、大阪岸和田の「おばちゃん」と化していく。(ちなみに尾野真千子は徐々におばちゃん化していくプロセスを年代ごとに演じ分けており、ほとんど素顔のまま50歳代までを演じた。そしてこのおばちゃんは「おっちゃんのようなおばちゃん」でもあった) 祖母にかわってそこで「おばあちゃん」となるのは母の千代(麻生祐未)である。

神戸のええとこのお嬢さん育ちで、岸和田の小原家の中で浮いていたはずの千代がおばあちゃんと化した時、そこにいかなる化学反応がはたらいたのか、ハルばあちゃんの座を継承し、みごとにポジションを奪ってみせる。最後は、かくしゃくとしてたハルばあちゃんと違い、現代でいう認知症を患うのだが。(そして物語には、千代の母、十朱幸代演じる神戸のおばあちゃんもいるのだった)

最後は時の道理で、ついに糸子がおばあちゃんとなる。ここで主演が尾野真千子から夏木マリに変わるのだが、「おばあちゃん」であるためには、どこか少女つぽさをまとっているオノマチの身体を脱ぎ捨てることが必要だったのだろう。「おばあちゃん」糸子は、自信とエネルギーに溢れながらも、自分から動くというよりは、周囲が糸子を動かしている印象だった。

女三代がすべて「おばあちゃん」として登場してくるドラマなど、朝ドラでしかありえないだろう。そして三代のおばあちゃんがすべて違うキャラクターでありながら、おばあちゃんであることを継承していくドラマ。それは、時を描くのに必要なキャラクターだったのに違いない。

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