映画・DVD評(邦画)

「それでもボクはやってない」をみた

2010/12/12

法治国家の恐怖。

それでもボクはやってない スタンダード・エディション

痴漢の冤罪をかけられた青年が、裁判でいかに自身の無実を主張していくか、という物語だが、淡々と恐ろしい物語が綴られていく。

青年は自分の無実を知っている。だが、誰が彼を罪に陥れたのかは、容易にわからない。被害者に悪意はない。警察・検察の取り調べは最初から彼がやったものと決めつけた一方的なものだった。しかし、何がそうさせたのかはわからない。「大事なことは無実の人を罰しないことです」と語った裁判官は左遷され、事務的に裁判を取り扱うタイプの裁判官が代わりに裁くことになる。

「警察、検察が有罪だとしたものを、裁判官が無罪とすることは、いわば国家に対する反逆だ。相当な能力と勇気が必要とされるんだ」という言葉が作中にある。

裁判官についての問題が時々メディアに登場することがある。学生から司法修習生を経て任官し、以降は一般社会とは無縁の生活を送っている裁判官が、はたして社会のさまざまな問題を裁くことができるのか、という指摘である。常時200件もの裁判を抱え、裁判の処理能力を成績として評価されている、という事情もある。

やがて裁判員制度が施行される。一般人が裁判に参加するというわけだが、最初は凶悪事件などに限定されるという。本当はこのような痴漢冤罪事件や、行政訴訟などに一般人を参加させたほうのがいいのではないだろうか?

だがその裁判員として、痴漢にあった経験のある女性や、痴漢に反感を持っている人物が当たった場合、はたして被告に対して冷静な判断を下すことができるのか?

「人が人を裁く」ということの難しさ、恐ろしさを感じさせる作品だった。

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