コンテンツ評論 テレビ番組評

#あまちゃん 第12週「おら、東京さ行くだ!」再見

夏ばっぱは上京するアキに大漁旗を振る

夏ばっぱは上京するアキに大漁旗を振る

「あまちゃん」のいわば折り返し点、北三陸を舞台とした故郷編の締めくくりだ。
ユイにとって2回目、アキには1回目の家出実行からはじまり、それが失敗。

海女カフェの事情聴取で、アイドルになりたい真情を吐露したことによって、夏ばっぱはじめ海女クラブがアキを応援につく。
猛烈反対の母春子が夏ばっぱと25年ごしの和解を経て、晴れてアキは東京行きを許される。

アキとユイは、オフィスハートフルとの正式契約をしたのだが、その矢先ユイの父功が倒れて、アキは単独で東京へ向かうことになってしまう。

この週の見所は、春子の心の変わりようである。最初、春子はアキの東京行きに対して絶対反対の立場をとっている。家出失敗後の観光協会では「去る者は追う!絶対に」とまで言っている。アキに対して明かしたその理由は「不幸になるから」ということだった。

第71回。シナリオには、春子のこんな台詞がある。「この町にいる限り私は夏さんの娘なんだ。誰もひとりの人間として見てくれない。私の気持ちとか、夢とか、大人達にとってはどうでもいいんだ」最後の一行はユイの言葉と合わせてあるが、春子のアイドルになりたい欲求の裏側に、母親からの自立欲求があったことは心にとめておいていいと思う。

春子は、夏との25年ごしの和解を経て、過去の自分の上京に対してひとつ心の整理をつけ、アキを応援するスタンスに変わる。
この時点ではまだ春子の上京後のことは明らかになっていない。家出に失敗したアキと向き合った時、なぜ自分の経験をアキに告げなかったのか、少し気にはなる。(ドラマの構成としてはわかるのだが)

一方でアキは海女クラブに向かって、「海女は好きだが今でなくても出来るべ。(アイドルになること)それは、今しか出来ねえべ」と語る。
アイドルになれなかったら潔く帰ってきて潜る、とも言っている。「当たり前だ。おらぁ海女だもん」

海女を辞めるとはアキは一言も言わなかった。ただ、アイドルになるために、海女は一時中断する。なぜならば、アキにとってアイドルも海女も一緒だから。AかBかではなく、AもBもなのだ。20世紀的な考え方では、たぶんアイドルになるためにすべてを捨てて行くだろう。春子がそうだった。アキのあり方はきわめて21世紀的なのではないだろうか。

第72回。北三陸駅におけるアキと海女クラブの別れは、他にあまり見送りの人もいなかったが、シナリオではにぎやかである。ヒビキがファン数名を引き連れて臨時列車に乗ろうとして吉田に断られ、バスで畑野まで行く、その方が断然早い、と言っている。教師の磯野が寄せ書きした南部もぐりのヘルメットを持ってあらわれ「つれぇ時は被れ」といってアキに渡そうとする。

そしてこの週の締めくくりとして、見送りの春子が車上のアキに言う言葉。「昔も今も、アンタは、地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない子だけどね、だけど…、みんなに好かれた!(…) アンタじゃなくてみんなが変わった。自信持っていいよ、それは、すごい事だから」
これが「あまちゃん」を象徴する言葉であることは言うまでもない。

この際、アキが成長したのかしてないのか、という議論は後にしよう。アキが触媒となって、周りの人々が意識を変え、それが北三陸という土地を変えていった。

アキは実在しないが、アキに相当する触媒は現実にも存在するはず。それが、土地のすべてを変えるという可能性は、どの土地にも残されているということだ。実際「あまちゃん」というドラマが触媒になって、ロケ地の久慈市にいろいろな変化が訪れたことはニュースでも伝えられている。

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