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「#あまちゃん: おら的ユイぶつ論~その3」

海女になったユイ。何を思ってのことだろうか?

海女になったユイ。何を思ってのことだろうか?

ユイのことを考えると、「情報収集・分析ばかりしていて、実行が伴わない現代人」の典型であるような気がしてくる。

またそれは、なんとなく自分のことを言っているような気もしてくるのである。

相方のアキは、ある意味「空気読まない、考えない、行動方針一貫してない、でもなぜか愛される」という一種原始人的性格を持っているためか、ユイは思い迷って最後に行動に踏み切れない、という側面が強調される。

しかし、アキが単身上京してしまうと、もはやアキの「踏切力」を借りることもできず、ユイは単独での迷走をはじめる。ユイの物語が面白くなるのは、このあたりからである。


■ユイと「環境適応能力」
これは天野春子論を書く時にまとめて論じようと思っているのだが「アイドル」と言葉の持つ意味は時代ごとに異なっている。
そして現代の「アイドル」というのは、システムであると思うのだ。

AKB48に典型的だが、ごく普通のそこらへんにいる女の子が、アイドルグループというシステムに入ると、それだけで「アイドル」と呼ばれる。そしてそのグループのシステムに乗って、ポジションが上下し、スターにもなっていくのである。

ユイがめざしたアイドルとは、こうしたシステム化されたアイドルなのではないだろうか? 天野春子には、明確に「松田聖子」という目標が存在していたし、そこを目指していたのは明白だが、ユイはついにアイドルとして自分が目指す目標を口にすることはなかった。

代わりに「アメ横女学園芸能コース」でも「GMT47」でもいい、アイドルグループに入りたい(と第59話でアキに話していた)と考えていた。
それはあたかも、東大に入学しさえすればバラ色の将来が約束されている、と考えている受験生と、戯画的に重なる。

自己分析にたけたユイは、自分にアイドルとしての際だった能力が欠けていることを知っていた。
かわりに、アイドルグループというシステムへの適応は、アキより自分のほうが出来る、と思っていたのかもしれない。

実際、環境に適応するというより、環境を自分に合わせて適応させるのがアキの特性であることは、春子が東京に送り出す時に言った。「あんたが変わったんじゃない。周りが変わったんだよ。自信持ちなさい、それって結構すごいことなんだからね」が物語っている。

これに対して、ユイはむしろシステムに適応することをめざした。時々、単身上京することになったのが、アキではなくてユイだったらどうだったか、などと考えてみることがある。実際、本放送時には「ユイはお嬢様だから、まごころ第二女子寮での生活や奈落での待遇に耐えかねて離脱するにちがいない」といったツイートがみられた。だが、そうした生活にもユイは適応したのではないかという気がする。

実際、東京編の裏で、ユイが適応していったコミュニティを見ると、そういう気にさせられるのだ。

(Next : ユイが適応したコミュニティ)

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