コンテンツ評論 テレビ番組評

「#あまちゃん アキとユイ」

2013/12/09

アキとユイは「親友」以上の何かだ。

アキとユイは「親友」以上の何かだ。

キーワードは「月と太陽」。

中国製動画サイトで「あまちゃん」を検索すると「百合」という文字がついてくる。
百合、とは女性同性愛、レスビアンのこと。

たしかに、アキとユイの関係はどこか、同性愛に似ている。第11話、アキがユイと親しくなるエピソードでは、ユイと話して憧れる様子に、海女たちが「恋人ができた」と勘違いする。それ以来、ユイはアキにとって「特別な存在」になってくる。

「あまちゃん」の面白いところは、単純に歌がうまい美少女が、アイドルをめざして頑張る、という単純な図式にしなかったところだ。

美貌ではユイのほうが上、歌唱力はおっつかっつ。アイドル志向と上昇志向はユイの方が強烈、アキには皆無。そういうところから「あまちゃん」はスタートする。そして、最終的にアイドルになるのは、アキのほうだ。

アキとユイ、どっちが月で、どっちが太陽か? 故郷編においては、あきらかにユイのほうが太陽だ。ユイの放つ光を受けて、アキは徐々に輝きはじめる。ユイの影響を受けて、地元アイドルとしての活動をはじめ、アキは次第にアイドルに目覚めていく。

そもそも「アイドル」とは何だろう? ただでさえ「アイドル」という言葉が安売りされている時代だ。「アイドル」が職業化しているというか。ジャリタレでも「私はアイドルです」と自己紹介する。
そんな時代に「あまちゃん」は「アイドル」の根源を掘り起こしてみる。

アキには自覚がない。「潮騒のメモリーズ」として地元で相当な人気を誇るようになっても、自分がアイドルだとは思っていない。それを指摘するのはユイだ。そうして、ユイはアイドルの道へと、アキを導いていく。

アキはアキで、観光海女で経験した、ホスピタリティになぞらえて「アイドル」ということを理解する。「観光海女はサービス業。お客さんに喜んでもらうのが仕事だべ」というのが祖母の夏の教えだ。アキにとって「アイドル」もその延長線上にある。

アキが東京へ行ってからは、太陽と月の関係が逆転する。アキは少しずつ太陽のように自力で輝きはじめる一方、ユイはアキという太陽を失ってダークサイドに落ちていく。やがて、春子によって救われ、帰省したアキとの激突を経て、ユイは逆転した関係を受け入れ、アキを応援することを表明する。

立ち直りはじめたユイがアキにかけた言葉が、「あまちゃん」における「アイドル」の本質を表現している。
「アキちゃんといると、誰でも笑顔になれるんだよ。だからアキちゃんの周りには自然と人が集まって来るんだよ。これってアイドルの基本じゃん?」
周囲を笑顔にする存在、それが「アイドル」なのだ。

いわば、アイドルは太陽で、それによって輝く周囲の人々が月だといえる。
最終回、ふたたびお座敷列車をつとめた後、トンネルを駆け抜けるアキとユイには、すでに太陽と月の関係はない。
ふたつの違った色をした太陽がお互いの間を回っているようだ。

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