コンテンツ評論 テレビ番組評

「#あまちゃん アキと春子」

2013/10/01

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キーワードは「親ばなれ、子ばなれ」。

アキは母親の影響の強い子どもだと思う。
母親の春子が好きである反面、恐れてもいる。
おそらく、北三陸に来るまでは母親の言うことをよく聞く子どもだっただろう。

ただ、アキには母親のことが理解できない。
突然怒りだしたり、優しくなったりする。そうした情緒不安定さそのものが春子だと思っていたから、できるだけ母親の機嫌をそこねないようにしてきたはずだ。

反対に、春子にとってはそこが物足りない。自分が勝ち気で何事とも闘いたい性格だけに、東京時代のアキの消極性をはがゆく感じていたはず。「地味で暗くて、存在感も協調性も個性も華もない、パッとしない娘」というアキの評価はその証である。

しかし、その裏返しを考えてみよう。
「目立って明るく、存在感や協調性にあふれて、個性と華のある娘」とは、アイドルのイメージそのものなのではないだろうか?
北三陸に来てから、アキは積極的な性格に変わっていく。
それは、春子がかつて、なりたくてもなれなかったアイドルの姿そのものに近づいていくことだったかもしれない。

アイドルを目指したらなぜダメなのか? というアキの問いに「不幸になるからよ」と答えた春子は、過去の自分を重ね合わせていただけではなくて、日に日にアイドルに近づいていくわが娘に嫉妬をおぼえていたのかもしれない。

だから、北三陸篇の終盤、春子はラスボスとなってアイドルへの道を目指すアキに立ちふさがる。

反対にアキからすると、春子は大いなる謎である。
春子がなぜ忠兵衛の送別会で「潮騒のメモリー」を歌ったのか? その歌声がなぜかくも人の心を動かすのか?
それを知りたくて自らもアイドルとしての舞台に立とうとした。

「あまちゃん」は、春子の人生を紐解く物語である。
表ではアキの物語を語りながら、裏では春子が自らの過去を乗り越えていく過程が描かれている。

過去の春子をめぐる因縁は、現在のアキそのものをも縛っていた。
それは春子にとっては、自分のやり残したことへの自覚を呼び覚ますものだったに違いない。

アキが苦境に立たされた時、春子は援軍としてあらわれる。最強の敵だった春子は、アキにとって最強の味方になる。

最後にふたりが袂を分かつのは震災後。
アキははじめて、春子に東京に残るように言い、ひとりで故郷北三陸へと戻っていくのだ。

母の過去を知ることを経て、ようやくアキは自立し、自らの足で向かう方向を決めることができるようになったのだろう。
春子に対する恭順でも、反発でもない。自らの信じるところに向かって。

そうして、アキと春子はそれぞれ自分の信じる道を行くことになる。

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