小説・エッセイ評

帚木 蓬生「臓器農場」を読んだ

2010/12/12

タイトルを見た時から映画「コーマ」を思い出していた。

臓器農場 (新潮文庫)

まあ、タイトルがこうだからネタバレしてもいいだろう。
無脳症という奇形がある。生まれつき脳を欠いている奇形で、当然生まれても生きることはできない。ただ、臓器などは正常であることが多いので、幼児への臓器移植のドナーとして臓器を提供することはできる。

新人ナースの規子が、自分が勤務する病院の秘密に気づく。
その病院は幼児への臓器移植の実施例が異常に多いのだ。
それだけのドナーをどうやって確保しているのか。

しかも、産婦人科には一般のスタッフは入れない特別病棟がある。
一緒にこの秘密をさぐりはじめた小児外科のドクター、規子の同僚のナースが相次いで謎の死をとげる。

まあ、サスペンスの常道といっていいだろうか。惜しむらくは題名のせいで、読者は最初から真相をほぼ予測した上で読み始めることになる。「こうなるだろうな」と思ったとおりに物語が展開するのだ。はたしてこの題名をつけたのは計算のうえなのだろうか?

残念なのは、無脳症児を臓器移植のドナーとして使うことについて「人間とは何なのか? 命とは何なのか?」というディスカッションに発展できるはずなのだが、それが十分に尽くされているとは言えないところなのだ。

無脳症児は、一見無駄な生を受けて生まれてきたように見える。その臓器を、臓器移植でなければ助からない幼児のために提供することで、はじめてその生に意味が見いだせる、と作中の登場人物のひとりが語る。一見これは、非常に合理的なように思えるのだが。

この作品で描かれているように、本来正常に生まれて来るはずの胎児を薬物投与で無脳症にしてしまうというのは間違いなく犯罪行為だ。しかし、クローン技術で臓器のみを作り出す行為と、どちらが倫理的だろう。このあたりを作中で議論したら、それこそ面白い作品になったのではないかと思うんだが。

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