ネットとコンテンツの関係論

ふたたび、ネットとテレビの融合を考える

2011/01/07

「インターネットとテレビの融合」を考える上で、nikkeibp.jpのITProに掲載されている集中連載は、ぜひ読んでおきたい記事である。

【集中連載 通信と放送の融合】記事一覧

テレビ局のVODサービスはなぜもの足りない?(10月24日)


地上デジタル放送のIP再送信,総務省の真意は?(10月25日)


携帯向け放送「ワンセグ」に通信事業者は気乗り薄?(10月26日)


コンテンツ・プロバイダへ転身,USENはGyaOで主役に躍り出る?(10月27日)


日本はVODでも音楽配信と同様の失敗を繰り返すのか?(10月28日)

この第1回に、下記のような記述がある
『現在地上波で放送されているドラマやバラエティ番組は,VOD配信に対する権利許諾を受けていないものがほとんど。既存のドラマをVODで流そうとすると,煩雑で手間のかかる権利処理の山を丹念に切り崩していく必要がある。ある在京キー局のVOD担当部長は「あるドラマをネットで流そうとしたら,電話やファクスで許諾を取らなければならない相手先は,100カ所ではきかない」と打ち明ける』

摩邪じゃないが、ハア? と問い返したくなる。
忙しいドラマの制作現場がこんなことを言うのならわかる。
だが、VOD担当部長なんだろ? それが仕事なんだろ?
許諾を取らなければならない相手が100カ所だろうが、200カ所だろうが、それが仕事なのなら、やらねばならないじゃないか?

こういう返答をする理由は、私の見るところ、ふたつしかない。

ひとつは、個人の意識として、たまたまそういう部署に配属されてしまったが、いずれは自分の元いた職場、営業なり制作なりに返してもらえる。それまでの我慢、というカイシャイン意識である。
どうせ一時の職場なら、そこで血を流すような努力をするまでもない。と考えているのだ。

もひとつは、会社の基本的な風向きとしてVODに対しては消極的だ、という場合だ。担当部長は、これもカイシャイン意識として社内的な風に逆らわず、なぜ消極的なのかに対して、正当化するような返答をしている、というわけだ。

私は、後者の気配を感じる。テレビ屋さんは、ネットに対して根本的に嫌悪感を抱いているのだ。相次ぐ買収騒ぎでボロが出たように、テレビ屋さんの基本的体質はお山の大将でないと嫌な、自己中ヤローなのだろう。

私は、IT企業トップに好感を抱いてはいないが、こうした体質を変えるのには一度本当に買収された局が出た方がいいのかも知れない。デジタル化しようが、本質的には変わらないのだろう。

テレビ局はネットとの融合を皮膚感覚で嫌悪し、IT企業側はテレビ局のコンテンツを欲しいだけで、本心からネットとテレビの融合ができるとは信じていない、という構図が透けて見えるなあ。

三木谷社長は、2005年になってネットとテレビの融合が進んだ、と会見で言っていたが、何のことを言っているのか全然見当がつかなかった。今年になって進んだのは、ネット端末機(PCや携帯)とテレビ受像器の融合だけのような気がするのだが。

私としては、テレビ局はネットとの融合を進めるよりは、ユーザビリティの向上の方が先だと思う。

まず、連続ドラマの第一回を、第二回が放映されるまでに、深夜時間帯を使って再放送せよ。ユーザーはDVD/HDDレコーダーを使って、それをキャッチできる。そうすることによって、第一回を見逃したことによる視聴機会の損失をカバーできるはずだ。

DVD/HDDレコーダーでCMスキップが可能になるから大変だ、などと騒ぐばかりでなく、それを逆用する作戦を立てないとしたら、無能以外の何ものでもないんじゃないかな。

やはり、許諾を得るのが大変だ、という理由で否定するのだろうか?

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