映像文化を語ってみる

映像づくりは教育になるのじゃないか

2011/01/07

実は、映像作りを、成長期の子供たちの教育に利用する、という発想を持っている。一部では実現されているところもあるだろうが、「表現」ということを教えるのに映像作りは適当な素材なのではないだろうか、と思うのだ。

私がイメージしているのは、一番若いところで、小学校高学年くらいの年代である。ひとつ3~4人くらいのグループにして、一台のビデオカメラと、一台のノンリニア編集が可能なパソコンを与える。だいたい、夏休みなどに一泊二日か、二泊三日くらいの合宿形式で行う。

午前中は「何でも面白いと思うものを撮っていい」ということで、撮り方などは教えずに、外に出すのだ。ただし、一人がカメラを独占することがないよう、また面白いと思わなかったものを漫然と撮らないよう、だけ注意しておく。

午後はノンリニア編集の仕方を教えて、自分たちが撮ってきた映像を素材にして、ともかくも数分の作品に仕上げさせる。その時も、全員で話し合って「面白いと思うことを人に伝えよう」というテーマだけを与える。

夜は、各グループの作品を全員で見て、面白さが伝わったかどうか、ディスカッション。この日程を繰り返す。合間は遊ばせていい。ただし、カメラは常に携帯させる。何か面白いことがあったら、廻せと言っておく。

この「面白いこと」「人に伝える」というのがキーワードだ。これが表現しよう、ということに変わっていくと思うのだが。

文章を書くこと、絵を描くこと、楽器を演奏すること、などは個人の資質に非常に左右されるが、ビデオカメラを何かの事象に向けて、現実を切り取ること、は誰にでもできる。

こんなことから「表現すること」の楽しさ、面白さを覚えてくれる子供がでてくるのではないか、と期待するのだが、どうだろう。

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