映画・DVD評(邦画)

(映画)「蝉しぐれ」を見た

2011/01/07

最初に言っておくと、私は藤沢周平のファンで、藤沢作品の中でもこの映画の原作小説である「蝉しぐれ」が最高傑作と思っている。
というか、この作品は人生でもっとも愛好する小説のひとつである。
ということで、どうしても映画に対する眼が厳しくなってしまうのだが、そこはひとつ割り引いて読んでいただきたい。


この映画、特にロケーションが素晴らしい。

小説の場合、舞台となる東北(藤沢作品の読者にはおなじみの海坂藩)の情景は、読者なりにイメージするしかない。
私なりのイメージと映画の風景とに、まったく違和感がなかった。
まさに、小説に描かれたとおりの海坂藩の情景が、小説の行間から蜃気楼のごとく立ち上がってきたかのような感じを受ける。

さらに、少年時代の主人公・牧文四郎とふくのイメージも、大変原作の雰囲気にマッチしている。少女時代のふくを演じる佐津川愛美が、言葉の少ない演技だが、特に素晴らしい。

ストーリーを解説するつもりはないので、公式サイトの方をごらんいただきたい。

とにかく、文四郎を石田卓也が演じる少年時代は、何も言うことがないほどである。映画ならではの省略もあるし、やや編集に間が足りない感じがする(おそら
く、全体の尺を縮めるために泣く泣く切られたと推察する。ディレクターズ・カットも見てみたい)ものの、すべてが見事に調和している。

ただ、御前試合(のはずだ…、殿様も見物人も写らなかったが)のくだりから、いきなり文四郎が中村染五郎に変わり、それとともに違和感が少しずつ吹き出してきた。

中村染五郎の演技が下手だというわけではないのだ。ただ、「蝉しぐれ」は文四郎の成長を追うストーリーであるので、いきなり大人になるのは困るのだ。映画では難しいということは理解しているのだが。

その違和感は、ふくが木村佳乃に変わって再登場するあたりで、極致に達する。
どうも、文四郎とふくが大人すぎるのだ。原作小説では、このくだり、文四郎が二十歳か二十一歳くらい、ふくはそれより二歳下だから十九歳くらいのはずなのだ。
原作と違って文四郎がこの時点で独身であることも違和感を助長している。

やっぱり「蝉しぐれ」は私にとって青春小説なのだ。だから、主人公があまり大人に見えるのでは違和感を感じてしまう。

これは最初に書いたように私のイメージ側の問題であって、役者の演技が下手とかいうことではない。私的には、石田卓也と佐津川愛美のままで、欅御殿のくだりまでを見たかったなあ…。

最後の再会のくだり、これはもう全然話にならない。

原作の再会は、欅御殿から二十年後である。中年に達したふたりが、人生最後の邂逅をするのだ。
だから「二十年、人を想いつづけたことがありますか」という広告コピーが出てきたのだと思っていた。
しかし、映画の再会はどう見ても四~五年後くらいだろう。
染五郎も佳乃も老けメイクをしてないし…。

前半の素晴らしさをそのままに、エンドシーンまでを見たかったような気がする。

なお、原作の読者には、がっかりするような省略もある。
矢田作之丞の妻の不倫エピソードはなく、布施鶴之助も登場しない。
興津新之丞は登場せず、剣敵は犬飼兵馬が両方を兼ねている。
秘剣村雨の伝授もなく、加治織部正も登場しない。

上映時間が四時間でも、五時間になってもいいから、原作どおりのストーリーの映画を見たいと思う。

原作は、まさに極致ともいえるほど考え抜かれた構成であって、どこをいじってもバランスを崩してしまう、と思うからだ。

ただ、
しかし言おう。これは素晴らしい映画です。興味を持った人は、まず映画を見ていただきたい。それから、ぜひ藤沢周平の最高傑作ともいえる原作小説を読んでください。その順番であれば、きっと感動を二度味わえると思う。

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