ネットとコンテンツの関係論

「GyaO」の映像ブログをみる

2011/01/05

USENグループの無料動画配信サイトGyaOの「映像ブログ」を見てみた。




どういう基準で選ばれているのか知らないが、アーティストやら評論家、はてはカリスマブロガーと称する女子大生までが登場し、自分で撮った(または知人に撮ってもらった)映像を公開している。
GyaOの仕組みというのは、民放と同じようなCM挿入ビジネスモデルで、再生を開始するとGyaOのロゴに続いてCMが上映される。今日は、映画の試写会告知だった。それに続いて、本編が上映されるわけだ。

ブラウザはInternet Explorerにしか対応しておらず、FireFoxを常用している私には、ブラウザを立ち上げ直すのが手間である。しかも、複数の画面が散らかる傾向がある。これはいただけない。

上映サイズは大画面を選択した場合、非常に大きい。
920×680ピクセルくらいかと見える。
こんなに大きい必要があるのか、と思うくらいだ。
(よく使われるPC画面サイズが1024×768くらいなので、そこでフル画面に近いサイズになることを見越してのことだろう。しかし通常のビデオカメラの収録サイズが720×480なのだ。HDコンテンツでない限り、拡大していることになる)
やはり、目を近づけてよく見ると画面の荒れが目立つ。

その画面の上にも広告バナーが掲載されている。
バナーは時々交換されるが、バナーの変わり目がちょっと気になる。

映像ブログをいくつか見てみたが、無編集、撮りっぱなしの映像が多い
編集してあるのも、NG抜き、短縮化くらいの編集と見える。
こんなもの大画面で見る必要があるのかなあ、と思わせるものも結構ある。

リンク切れか、CMの後本編が出てこないものもあった。CMだけ見せられて損した気分になる。ついでに言うと、CMはどれも同じで、何本も見ると嫌になる。

問題なのは音声である。ほとんどの音声がビデオカメラ内蔵のマイクを使っている。ノイズの少ない室内収録のものはまだましだが、屋外で収録しているものは、非常に音声が聞きとりにくい。

しかも、ほとんど音声レベルが低い。最初のGyaOのサウンドロゴに比べて本編の音声が低いのだ。ノイズがらみなので、不快感を感じないように低く設定してあるのかもしれないが、音声レベルの最適化調整は放送局なら当然だと思う。努力してほしい。(ちなみに映像ブログ以外のコンテンツでは音声レベルの問題はない)

内容は、申し訳ないが、私には興味を引かれるものはなかった。
最後まで見通す気にならないものが大半だった。
まあ、それは別にかまわない。
登場する人物が増えていけば、それなりに見られるコンテンツが増えてくるだろうから。

アーティストや評論家など、それなりに人を呼べるキャストは、おそらく何らかの謝礼を得てブログを掲載しているのだろう。

だが、その中で映像制作に従事しているコンテンツメーカーといえるのは、映画監督がひとりいるくらいである。

テレビは時間枠が限られている中に詰め込むのであるから、どうしても視聴率を稼げるコンテンツを中心に編成することになる。しかし、GyaOのようなビデオ・オン・デマンド型の放送形態ならば、玉石混淆であっても大量のコンテンツを用意し、その中から視聴者が何を選ぶのかによって選択していくことが可能である。

GyaOは映像ブロガーの一般公募を行ってはいかがだろう。
文字のブログでのカリスマブロガーが映像ブログでもカリスマだとは限らない。むしろ、映像ブログのカリスマが生まれてくることを期待できるのではないか。

ブログという名がついているからといって身辺雑記や評論と限る必要はない。自主映像制作者などの発表の場として使われることも期待できる。
たとえば、アニメの自主制作者などは、個人でやっている限り短編が多いはずだ。映像ブログの枠内で十分に配信できるのではないだろうか。

いわば、映像コンテンツメーカーの登竜門としての役割を期待できるのではないかと思う。

ただしインセンティブは用意していただきたい。
当然視聴アクセスの記録は残るわけだから、多くのアクセスを稼いだ作品にはある程度のペイをしていただきたいのだ。

アクセスが少ない場合はノーペイで結構。さらにほとんど見てもらえない作品はどんどんメニューの下方に追いやられ、最後には削除されるということでかまわない。

常時多くのアクセスを稼ぐことのできる映像ブログ作者には、ある程度の制作資金を与えて作品を制作する機会を与えていただきたい。
作品は、GyaOの他のチャンネルで上映すればよいし、ある程度のボリュームが貯まれば、オリジナルDVD化などの商品化もできる。

他のジャンルで成功した有名人を迎えてのブログだけではなく、GyaOの中からコンテンツメーカーを生み出すという試みに着手してほしいのだ。

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