ネットとコンテンツの関係論

『「コピーワンス」大そもそも論』を読む

2011/01/05

WebマガジンのITmedia +D Lifestyleで、映像系エンジニア/アナリストの小寺信良氏のコラム『「コピーワンス」大そもそも論』を読んだ。

「コピーワンス」大そもそも論

地上/BSデジタル放送には、コピーワンス(コピー1本だけ録画を許す仕組み)の制限が設けられているが、流れ的にはコピーワンスを見直そうという動きになっている。そのあたりを解説した文章だ。

詳しくは上のリンクから元文を読んでいただくとして、簡単にまとめるとこういうことになる。

■ デジタル放送を視聴するにはB-CASカードを入れなければならない。B-CASカードを入れない受信者を排除するためにスクランブルがかけられたのだが、そのときにコピーワンスの制御信号も一緒に入れられたのが、コピーワンスのはじまり。

■ コピーワンスの技術的規格を決めているのはARIB/社団法人電波産業会という団体だが、これはメーカーや放送事業者の集まり。一方、コピーワンスを見直すとしているのはJEITA/社団法人電子情報技術産業協会だが、これも同様にメーカーや放送事業者の集まり。いわば、技術陣と経営陣が争っている。

■ コピーワンスだと、録画に関連する産業(録画機はもちろん、メディア等も)は衰退する。トータルで見ると、録画による著作権侵害などの損失を見込んでも、録画を許した方が儲かるということになったのが、見直しのきっかけである。

さてさて、紹介に筆が走りすぎた。

要するに、社会の仕組みを決めているのはメーカーだの放送事業者だのの大企業だということだ。決してビジョンがあってやってるのではなく、場当たり的にこっちの方がより儲かりそうだ、と雰囲気で決めている、ということなわけだ。

だが、彼らはいつも見逃し勝ちなことがある。

要するに、放送といい、録画といっても、コンテンツを視聴させるためのインフラにすぎないということ。全国にデジタル放送網をはりめぐらしても、コンテンツが流れないとクソの役にも立たない。

もちろん、放送事業者はコンテンツ・クリエーターでもあるので、必死にコンテンツを毎日制作しているのだが、それももう大分前から限界が見えている。

テレビ局がコンテンツの供給源をネットに求め始めたのもそのあらわれだろう。今や、ネットを無視してコンテンツ制作じたい無意味ではないか。

要するに、日本全国コンテンツ・デフレなのである。
今手を打っておかないと、せっかくのデジタル放送も味の薄いものになって、録画という行為じたい下火になってしまうかもしれないのだ。

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