コンテンツの育て方

「生協の白石さん」ふたたび

2011/01/05

「生協の白石さん」については、本が出る直前にこのブログにも書いたが(10/26「生協の白石さん」)どうやら、猛烈な勢いで売れているようだ。



生協の白石さん
「電車男」や「鬼嫁日記」に続いての大ヒットと言われている。

しかし、先行する二作品と比べて「生協の白石さん」には少し性格の違いがあることに気がつかないだろうか。

「電車男」は2ちゃんねる、「鬼嫁日記」はブログという、いわば両方ともネット上で「著作」されたものだ。(その真実性はともあれ、とりあえずネットで公開されるために書かれ、ネットで初めて公開されたものである)

これに対して「生協の白石さん」は、大学生協の「一言カード」における生協の構成員と職員のやりとりとして書かれたものである。ここでは、著作(一言カードへの記入が著作であるとして)に関してネットは何ら関与していない。

ブレイクのきっかけは、一学生がこのやりとりが面白いことに着目し、ブログを使って「発表」したことであるという。このブログが話題になり、多くの人からの「支持」を得たことによって、このやりとりが本として発刊されることになったわけである。

いわば、ここではネットは面白いと思ったものを「発表」したり、多くの人からの「支持」を取り付けるための装置として働いている。

この構造は「はっちゃん日記」にも共通するものだ。捨て猫のはっちゃんの寝姿がただ面白いと思い、写真にとってネットで発表することが、写真集の発刊やサイン会の実施につながった。

出版社やテレビ局としては「当たるか、当たらないか」というリスクは、できるだけ避けたいと考える。その点で、ネット上ですでに支持を得ているコンテンツを出版、あるいはドラマ化などすることは、リスク軽減の意味で有効だ。

一方、ネット上での「発表」は、ほとんど金銭的リスクを伴わない。

ひょっとすると、今後出版や映像化を狙うには、まずネット上でコンテンツを公開し、多くの人の支持を得ることが必要条件になるのではなかろうか。

たとえば、小説を書いたとする。今までであれば、何らかの手段で出版社に持ち込み、本にするのが最初の段階であった。その後、ネットを含むさまざまなメディアで取り上げられ、それがヒットに結びつく要因になる。

しかし今後は、逆にネットで初公開され(それがどんな形式か、有償か無償かはまた別の話になるが)そこでの支持を背景にして、本になったり、ドラマになったりというプロセスを歩むのが主流になるかも知れない。ネットで読めるから本はいらない、とはならないことは事実が証明している。

ただしこれは、出版社やテレビ局のマーケティングという面では、弱体化をまねくだろうとも考えられる。売れるという前提のものを商品化しているだけでは、自ら売れる題材や素材を見つける能力は衰退する一方だからだ。

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