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BS歴史館『発見!戊辰戦争「幻の東北列藩・プロイセン連合」』をみた

BS歴史館という番組は面白いテーマが多いが、この回は特に興味深かった。
ある意味、小説体で記せば、歴史の裏側を描いた大河ドキュメンタリーになりそうだ。

大河ドラマ「八重の桜」でも描かれている会津と、隣の庄内藩が、プロイセン(今のドイツ)の駐日公使館と接触を持っていたという事実。
しかも、当時幕府から経営を任されていた蝦夷地(北海道)の領地を売却し、代わりに軍事支援を要請していたというのだ。
会津は戊辰戦争で薩長を中心とした官軍と戦い、敗れた。そのことによって、明治維新が成立したわけだが、この交渉が成立していたら、今の日本とはまったく違った歴史がそこにあらわれていたかもしれない。

残念ながらその交渉は不成立に終わった。却下したのは、かの鉄血宰相ビスマルクだという。
ビスマルクは普仏戦争を睨んで、ヨーロッパ内に不要の緊張を招かないようにこの交渉を却下したのだ。

もし、成立していたら、北海道にドイツ人の入植地が出来ていたかもしれず、また戊辰戦争も史実のように短期間で決着しなかったかもしれない。

この交渉の陰にいたのは、かつてプロイセン駐日公使館に勤務していた、シュネルという人物。
シュネルは公使館を辞職した後、会津の軍事顧問として暗躍していたという。
しかも、和服を着、日本名をもらい、会津藩主松平容保から脇差しを贈られたという「青い目のサムライ」だ。

もうひとり、駐日公使に従って、蝦夷地を調査したゲルトナーという農業の専門家もいた。
彼は、後に函館共和国を樹立した榎本武揚から、広大な土地を借用し、ドイツ流の農業を試したというのだ。

米作中心の日本人にとっては魅力的な農地とはいえなかった蝦夷地だが、ドイツ人にとっては農地として価値の高い土地だった。
実際、今の北海道の作物というのは、ゲルトナーが持ち込んだドイツの作物そのものだという。

戊辰戦争後、シュネルは三家族を伴って、アメリカに入植した。カリフォルニアに桑の木を植え、会津流の農業をめざしたが、失敗したという。
当時のアメリカといえば、まさに西部劇の時代である。「青い目のサムライ」が連れてきた日本人入植者は、どうなったのだろう?

そこは番組では語られなかったが、少し想像をしてみたい。三船俊郎が出演した「レッドサン」はじめ、サムライが登場する西部劇は数多くある。それと同様に、西部を流れていった「黒い髪のガンマン」がいてもおかしくはないだろう。「八重の桜」に登場する山本覚馬に薫陶を受けた、銃の達人だ。

戊辰戦争が、西部劇につながった。まさに小説みたいだ。

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