コンテンツの育て方 コンテンツ文化論

プロとアマの境界

2013/03/06

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写真と本文は関係ありません。

昨日書いた話を踏まえて。
気になる記事。

家入一真さん@hbkrの「プロとアマの違いなんてなくなるという話 」 - Togetter

天王寺区の無報酬デザイナー募集問題はご存じだろうか? ご存じなかったらこれを読んでほしい。
区が無報酬デザイナー募集…抗議殺到、計画中止 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

抗議する意味がわからない。無報酬でも実績を作りたい子が応募すればいいだけの話し。業界を守れ!とか言って、結局食いぶち守りたいだけなんだよ。

家入さんはこう書いている。

私も上の読売の記事を読んではじめて知ったが、もともとは区の職員がやっていた作業を代わりに外部でボランティアでやってくれる人を募集した、ということらしい。だったら、もともと無報酬の作業だったわけで、取り立てて問題にすべきことではなかったのだろう。

参入コストが急速に下がってくなかで、本当の意味で一億総クリエイターの時代がやってきてるよ。出版もデザインも音楽もファッションも絵画も、極端な事を言うと消費者数を作り手が上回る時代がくる。その中でクリエイターがやるべき事は何か。業界という名の共同幻想を守ってる場合じゃ無いんだよね。

一億総クリエイター時代がくる!なんて理想郷の様に僕もみんなも口にしてたけど、そんな時代が本当に訪れた時、プロフェッショナルとアマチュア、メジャーとインディーズなんて境界線は全て曖昧になり、今までプロとして食えてた人が食えなくなるんだよ。儲かるのはプラットフォーマーだけ。

家入さんはこう書いている。理想郷のように語ったことがあったかなぁ?

一時にすべて考えるのは、なかなか私の頭では厳しいので、今日は「プロとアマの境界」について考えてみる。

よく、業界のことを知らない人から「映像のプロなんですね。すごいなぁ」と言われることがある。
言っている人のほうも立派な社会人で、ということは何かの仕事のプロフェッショナルなはずで、面はゆい気持ちになるのだけど。

こういう言葉のウラには「プロフェッショナルはアマチュアより優れている」という思い込みがあるのだと思う。

スポーツ、たとえばプロ野球を考えてみると、これは正しい。
アマチュア野球界があって、その中のごく一部の優秀な選手だけがプロ野球に進むことができる。

だが、クリエイティブ、たとえば映像の世界ではどうか?

プロがアマより必ず優れている、ということはない。
まあ、場数を踏んでいる分だけ慣れている、ということはあるけれども。
ただ、映像を作ってお金をいただく、というスタンスの違いがあるだけだ。

競技のように、点数で差がつく世界ではないので、どちらがどう優れている、という評価が簡単ではない。

自分の好きなようにものを作るのがアマチュアで、発注者の利益になるようなものを作るのがプロフェッショナルだ。

これを言い換えると、アマ=アーチスト、プロ=クリエーター、となる。
そもそもの目的が違うはずだ。

そうすると、アマチュアがどんなに増えようと、また腕を磨こうと、本来プロフェッショナルには痛くもかゆくもない。はず。

それが、食えなくなるということは、可能性はひとつだけ。

発注者の側が、プロとアマの区別がついていない、ということではないか?

 

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