平成徒然草

結局役人は大臣が怖いんだ

中日新聞より

田中真紀子文部科学大臣の、三大学不認可発言問題。
結局は、一転認可するということに落ち着きそうだが…。

BLOGOSにいくつか興味深い記事があった。

田中大臣の不認可問題の影にあるもの(内田樹) - BLOGOS(ブロゴス)

ひとつは文科相が「大学は多すぎる。もっと減らせ」という主張にはおそらく広範な世論の支持があるだろうと事前に予測していたということである。

なるほど、そうでしょうな。

中等教育の内容を理解していないものは大学に入学させないという縛りをかければ、おそらく現在の大学生の3分の2は高卒で教育機会を終えるだろう。

そうすれば毎年数十万の低学力・低学歴の若年労働者が労働市場に供給されることになる。(…)

田中文科相の「大学を減らせ」はこの財界の意向を承けて述べられた。

だから、彼女は世論の圧倒的な支持が得られるだろうと思ったのである。

ほほお。これは気がつかなかった。慧眼だ。

もひとつ。

大臣は印鑑を押すだけの立場なのか(大西宏) - BLOGOS(ブロゴス)

大臣が最終的な認可権を持っているとすれば、「ちゃぶ台返し」はとうぜん認められるべきもののはずです。むしろ問題にしなければならないのは、文科省が最終の認可を得る前に、法人を指導して、校舎まで建てさせてきた「裁量行政」のほうであり、また大学を急増させ、質の低下をもたらしてきた教育行政のあり方のほうです。

これも正論。テレビなどの論評で、ここへ切り込んだ話はあまり聞かない。
「政治主導がなってない」という批判をするならば、今回田中大臣を批判するばかりではなく、それまでの裁量行政のどこが間違っていたのか、それも分析しないと意味がない、はず。

田中真紀子大臣より情けない文部官僚(小笠原誠治) - BLOGOS(ブロゴス)

 全ての責任は田中大臣にあって、文部官僚には非はなかったと言えるのか?

私は、官僚たちが、田中大臣が認可しないと言ったのは最終的な判断ではなく、行政処分はまだなされていないという台詞を聞いて情けなく思いました。(…)

官僚たちが田中大臣の判断を翻意させたいと本当に思ったのであれば、身を以て大臣を説得すべきであったと思うのです。(…)

当初の田中大臣の不認可発言の直後に、田中大臣の発言は個人的見解に過ぎないとでも言っておくべきだったのです。

でも、そんなこと怖くて誰も言えない、と。

結局、役人は大臣が怖いんだな。

田中真紀子のように、どしろうと同然の大臣であっても、あれほど勢いの強い人物であれば、ここまで役人はビビってしまう。

結局、政治主導がなしくずしになってしまう、というのは大臣側に問題があるのだ、ということが明確になってきた。

マスコミも、どうやら認可されることになって、手打ちだ!で締めてしまわないように。
いいきっかけが出来たんだから、この国の大学制度のどこが問題だったのか、分析して知らせるのが役目だと思うよ。

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