映像文化を語ってみる

メディア政策の不在

2011/01/05

メディアコンサルタントの西正氏が、ITmedia +D Blogでこう書いている。

「当事者不在のコピワン見直し」より

コピーワンスの見直しに入ると聞いてから相応の時間が経過してきたが、最近になって「おやおや?」と改めて思うのは、「ところで見直し推進の主体って誰だっけ?」ということである。

西氏は、録画機メーカー、放送局、著作権団体、政府のいずれもが、主体的にコピーワンスの見直しに動いていないことを語る。

というわけで、「私が見直します。方向性を決めます」と言う人が見当たらないのである。もう、こんなにコピワンの機器も出回ってしまっているだけに、改めて見直すのも大変なことなのだろうと思う。デジタル化すれば劣化しないコピーが可能になることなんて分かっていた話なので、最初の制度設定が違っていたというところまでは行き着くのだが、「じゃあ、これから、どうするの?」を答えてくれる人がいない。「誰が悪かったのか?」なんて犯人探しをしたって、解決策を見出すヒントにはなりそうにない。

そりゃあ「本来」主導権をとるべきなのは政府でしょう。
民間企業は自分たちの利益を守るために動くのが資本主義の当然。
私的な利益に左右されないで、将来的なビジョンを示し、枠組みを作るのは、政府の役目なんである。こんなこと、中学生でもわかる。

その政府がメーカーや放送局のいいなりなのが、この国の悪いとこである。視聴者、すなわち大多数の国民の方向に向いたメディア政策なんてありえないのである。

でもそもそも、この国に放送メディア政策なんてないも同然で、コピーワンスだとかなんだとか言う前に、アナログ地上波放送停止というとてつもないバカな施策がそれを物語っている。

冬のボーナスシーズンがやってくる。「コピーワンス?それって、何?」っていう人も多いのだろうから、これからまだまだコピワン機器が普及していくのだなと思う。誰が得をしているのかも分からないけど、こういう戦法を「時間を稼ぐ」というんですね。なるほど。

いつものことだ。なにより、いまだにアナログチューナーしか積んでいない製品が堂々と売られていることが大問題なんだ。政府は、アナログチューナーだけの製品の販売禁止をするか、アナログ停波を見直すか、どちらかにすべきだと思う。

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