コンテンツの育て方 コンテンツ文化論

放送の「作・送分離」

2012/06/07

気になった記事。

放送番組アーカイブのD-Day(島田範正) - BLOGOS(ブロゴス)

実は、放送番組のアーカイブ化は欧米諸国ではとっくの昔から行なっています。文科省の文化審議会著作権分科会の5年前の会合配布されて資料に海外の様子が”2003年”時点の資料に基づいてまとめられています。その時点ですでに膨大なアーカイブを構築していました。それから10年近く。現在では、インターネット対応を進めているケースも多いはずです。その意味で、NHKアーカイブス以外、アーカイブがない日本の対応は遅すぎるくらいなのです。

放送局は、電波という公共財を扱っている。それも、免許という形で独占使用を許されている。
そのわりに、自らの事業が公共的なものである意識がないと思う。

 福島原子力事故以来、電力事業には批判が集まっている。
その中に「発電と送電の分離」というあり方の提案がある。

同じように、放送局も「制作と送信の分離」を行うべきであると思う。

免許を受けた放送局が、自らコンテンツの制作をすることを禁じる。
放送局の役割は、放送を送信し、そこから収益を得ることのみに限定する。

放送局の制作部門は、ひとつの会社として分離するが、それだけでは単にふたつの会社に分かれたまま今と同様の放送業務を行うだけだ。

各局ごとに第三者的な編成委員会を設立し、 放送するコンテンツは自グループ会社のみではなく、広く門戸を開くのだ。
つまり、優秀なコンテンツであれば、独立した制作会社の作品であっても放送する道を開く。

と同時に、冒頭で述べたアーカイブ化を編成委員会に義務化すればよろしい。

私の思いつきだが、この編成委員会は、同一地域におくことを禁じる。
つまり、東京には1局の編成委員会のみを残し、他は別の地域におくようにすればよい。

キー局は現状のまま東京においておけばいい。
編成の中心を地方におけば、おのずと地方の情報が発信されるようになる。

ずいぶんと、放送というもののあり方が変わってくると思う。

さらに言えば、テレビ・ラジオを電波を使って放送する必要があるかどうかも、再検討したほうがいい。
すべてインターネット経由で十分な気がする。

 

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