プロ野球雑感

読売新聞は死んだ

汚れた野球ボールもし読売新聞を購読されている方がおられたら、たいへん残念だがあなたの愛読紙はもはや報道の名に当てはまらないことをご忠告申し上げねばならない。

もちろん「巨人軍高額契約金問題」のことである。
ご存じない方は、こちらのまとめをご覧いただきたい。

この際、巨人軍がしたことが倫理的にどうだろうか、という事を問題にする気はない。

問題にしたいのは、読売新聞についてのことである。

04年以前に、6人の選手について球界の申し合わせ事項をはるかに越える高額の契約金を払っていたことをスクープしたのは朝日新聞だ。

それに対して読売新聞は巨人軍の反論要旨を紙面に掲載した。

その要旨はこういうことだ。「当時の最高標準額は上限ではなく、緩やかな目安程度のものであり、これを越える契約金を出すことは法的に問題ないし、そのことで社会的に非難されるいわれはない」

この瞬間、読売新聞は報道機関、言論機関としての自殺を遂げた。
実行委員会で目安は決めたが、それは別に尊重しなくてもよい。なぜならば違法ではないからだ、という巨人軍の主張を認めたも同然の行為だからだ。

世の中に違法ではないが、倫理的、社会的なルールに反する行為はいくらでもある。それらを指摘し、批判することも報道機関の役割だ。だが、読売新聞はもはやそれを果たすことはできない。自らのグループ企業である巨人軍に跳ね返ってくるからだ。

報道機関は、身内にもっとも厳しくあらねばならない。グループ企業だからといって、ルール無視を平然と主張する巨人軍に対して、何の疑問も差しはさまずにその主張を伝達する役割を引き受けたとあっては、もはや世間のどのような脱法行為、反社会的行為に対して何の批判もできない。

読売新聞の社主兼主筆である渡邊恒雄はかつて「新聞は社会の公器であるから、政府から補助金を出すべきだ」と主張したとも聞く。すでに読売新聞は、死骸になっていると思って間違いないだろう。

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