コンテンツの育て方

Googleがもたらしたもの

2011/01/04

CNET JAPANの「思考の枠を規定するグーグル」(森祐治氏)を読んで考えさせられた。

Googleが普及して、私もそうだがデスクトップやブラウザのツールバーに検索窓を常備するのが当たり前になった。何か知らないことがあると、そこにキーワードを入力して、「検索することが調べること」になってしまった。

いわば、Googleが提示するものだけが、我々の思考の材料になりつつある、という指摘だ。

 具体的には、学生諸君が提出するレポートなどを見ればわかる。課題となる対象のキーワードをグーグルなどのサイトで検索クエリとしてインプットして、得られる結果のページを幾つか切り貼りしたものばかりになりつつある。
(…)
 結果、そんなレポートを制作した学生の思考の枠組みよりも、むしろ人工知能研究の成果として発展してきた検索エンジンの根幹を成す仕組みのほうが大きく影響するようになっている。それは、教育で獲得されるべき「物事の捉え方」や「理解の仕方」という側面が大きく抜け落ちつつあるということだ。

これは学生さんばかりではない。我々にもいえることだ。

そういえば、ずいぶん長いことネットサーフィンをしていないような気がする。ネットサーフィンとは、Web上でページに設けられたリンクを辿り、次々と新しい情報を探し出していくことだ。

今のWebリーディングのスタイルは、すぐ検索に頼り、リンクを辿ることが少ない。私はFireFoxを使っているが、特にこのようなタブブラウザのユーザーは、つぎつぎとページを開けては閉じ、次の情報への道筋をブックマークか検索に頼っているという癖が強くはないか。

便利さの反面、知らず知らずのうちに、思考を枠にはめられるという罠があると思う。

たとえば、テンプレート思考というのがそうだ。MicrosoftのPowerPointにはよくできたビジネス・プレゼンテーションのテンプレートが存在する。テンプレートの空欄に文字を埋めていくだけで、いかにもなビジネス企画が出来上がってしまうのだ。だが、これで企画をしたといえるだろうか。

企画の材料としてGoogleが提示するものを使うとなれば、二重に枠にはめられたも同然だ。

しかし、出口が見えない。いまさら、インターネットを使うなともいえないだろう。せいぜい、リンクを辿ることで、意外な情報が出てくる体験を繰り返して、頭脳を柔軟化することくらいが、対策だろうか。

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