コンテンツ文化論 映像文化を語ってみる

家庭用ビデオカメラは生き残るのか?

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気になった記事。米国で行われたCES(Consumer Electronics Show)のまとめ記事だ。

【小寺信良の週刊 Electric Zooma!】第549回:コンシューマの動画はどこへ向かうのか -AV Watch

 これらの動きから分析できる傾向がいくつかある。1つは、米国向けではすでにアマチュアビデオは、保存するものからシェアするものへと変わってきたということだ。家族の記録であっても、ただ黙ってお父さんがしまっておくだけでは意味がない。最終的な保存先をクラウドに設定し、家族や親戚、友達などに広くシェアして、多くの人の記憶に残すということが最終目的に設定されている。

かつてこのブログでも、家庭用のビデオカメラで撮影された映像がほとんど再生されることもなく、保存されるだけになっていることは指摘したことがある。

クラウドというか、YouTubeのようなオンラインサービスが出来て、それが変わりつつあることは感じていた。ビデオカメラメーカーの方でもそれに対応して、無線LANを搭載するなど、よりオンラインでの「映像共有」をやりやすくするような方向に舵を切ったということか。

それでなくても、家庭用ビデオカメラというのは先行き不透明な商品である。

というのは、デジカメがもはやスチール(静止画)だけのものではなくなって、フルHD動画をそれで撮影できるのが当たり前になりつつあるからだ。

デフレ経済の中、デジカメもビデオカメラも両方買おうという発想にはならないだろう。
マニアではない一般人が、動画も撮れるデジカメと、静止画も撮れるビデオカメラのどちらを選択するかは想像に難くない。

それだけに、家庭用ビデオカメラという商品は、「動画も撮れる」だけのデジカメとは違った商品性を必要とされるだろう。
それは、どうしてもオンラインでの「共有」という方向に向かわざるをえない。

さて、5年後、10年後の家庭用ビデオカメラというものは、どんな商品になっているのだろう?
どのような使い心地、どのようなサービスと一体化しているのだろう?

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