コンテンツ評論 映画・DVD評(邦画)

「孤高のメス」をみた

孤高のメス [DVD]片田舎の市民病院を舞台として、脳死肝移植を取り扱った医療もの映画。

フレームとして、物語の語り手である看護師(夏川結衣)の葬式と、医師であるその息子が彼女の日記を発見して読み始めるという後日談から語り始められる。

その日記に綴られた物語は、元号が平成に変わった頃のこと。当時、彼女は手術室勤務が嫌でならなかった。その頃「さざなみ市民病院」では、難しい患者はすべて大病院に転送し、手術が行われたとしても、技量も意欲も持たない医師によって、患者が助かることはほとんどなかったからだ。

そこに、堤真一演じる、アメリカ帰りの医師が赴任してくる。当麻というこの医師は、いわば天才外科医といってもいいだろう。台詞の中にも「この町のブラックジャック」という言葉が出てくる。確実な手技と、守備範囲の広さで、市民病院の手術室を次第に変えていく。語り手であるオペ看も、手術室の仕事にやりがいを見出し、勉強するようになる。

当麻医師は、患者を助けることだけに熱心で、世知に疎い純粋な人物として描かれている。あまり性格造形としてのオリジナリティは感じない。
都はるみのファンで、手術中に演歌をかける、というのが唯一の奇癖だろうか。

そして、当麻医師は当時法的には未整備だった脳死肝移植に取り組むことになるのだが、このあたり物語としてはありふれたものだ。
結局、当麻医師は脳死肝移植に成功し、刑事訴追も免れるが、自ら市民病院を去ることになる。

脚本的にみたら、いちばん興味を引かれたのがプロローグの部分にさりげなく組み込まれたわずかな一言だった。
それは、語り手であるオペ看の死の状況についての言葉だ。彼女は、勤務先である市民病院で倒れたにもかかわらず、病院をたらい回しにされ、手遅れで死亡したのである。

当麻医師は、たしかに彼女が手術に取り組む姿勢は変えたが、市民病院そのものの態勢を変えることはできなかった。彼が市民病院に在籍していたら、自ら処置したであろう。だが、彼が去ったあと、市民病院は以前のずさんな医療に戻ってしまったようだ。一服の無常感。

これをプロローグに組み込んだ脚本家は、技ありといえるだろう。

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