映像文化を語ってみる

「コンテンツ」に関する無関心現象

2010/12/28

ITmedia+D Blogのメディアコンサルタント西正氏のブログ「西正が贈るメディア情報」をずっと読んでいる。昨日のエントリである「お客が欲しいのはコンテンツ」は、私の持論と合致するところがあるので、引用してみよう。

新興IT企業がテレビ放送に関わり始めると、伝送路の話ばかりが盛んで、肝心のコンテンツは買い叩こうとする。それで上手く行かなくなるのは自分のせいだろう。

地上波、衛星、CATV、IP、ネット、などなど、伝送路は多様化してきているが、お客が見たいのはコンテンツなのであり、それがどういう経路で目の前に運んでこられたかなどに興味は無い。面白いか、面白くないか、有料なら高いか、安いか。すべてコンテンツへの関心である。

そのとおりである。
しかし、コンテンツへの無関心現象は、新興IT企業ばかりではない。
まずは、行政に責任があるような気がする。

昔の郵政省、現在は総務省だが、ここが通信・放送行政の一環としてコンテンツを扱っているのが元凶だという気がする。

しばらく前、ストリーミングを中心とした動画配信を推進しようとしていた時期がある。行政から補助金が出ていたと思うのだが、その時の優先順位は、一に伝送路、二にソフトウェア、コンテンツは三の次だった。その頃、友人からの相談で、3分程度のコンテンツ200本を半年で制作するという話を聞いて、思わず「コンテンツ制作をナメてますな」と口走った思い出がある。

私の見積りでは、これをすべて半年間でオリジナル制作しようと思うのなら、シナリオライター、ディレクター、カメラマン、それぞれのアシスタントを含め5~6名の専従制作班が、2~3チームは必要だと思う。当然、それなりの制作費が必要であるが、その時聞いた金額は全然足りなかった。伝送路やソフトウェアの部門が先に予算をかっさらっていった残りだからだ。

すべてはコンテンツを客の前に届けるためにある。店で言えば、店構えや陳列棚が伝送路やソフトウェアであり、商品がコンテンツである。どんな素晴らしい店を作っても、商品に価値がなければ客はこない

いい加減お役所も企業も、この国のコンテンツ生産力を豊かにするために何をすべきか、真剣に考えるべき時期ではないか。

そのためには、専門の監督官庁を作るくらいでちょうどいいと思うのだけどね。コンテンツ制作は、文化活動であり、経済活動であり、放送や出版の活動の一環である。そのすべての視点をそなえた役所というのは今は存在しないのだから。

それにしても、残念なのは西正氏のブログにこの文章をトラックバックすることすら出来ないことである。かつては、ITMedia+D Blogで一番コメントがにぎわっていたブログだったのだが。あまりのコメント対応にお疲れになったのだとは思うが、対応しなくてもいいからせめてトラックバックは許していただきたいものだ。

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