平成徒然草

名古屋の乱

この日曜日に行われた名古屋市長選・愛知県知事選、および名古屋市議会解散をもとめる住民投票のトリプル選挙は、河村・大村連合の圧勝に終わったようですな。

なんだかんだ言われたが、結局河村氏の人気に押し切られた感じだと、そういう人たちもいる。

だけど、人気だけじゃないという気がしている。

ひとつは「国は変わらんけど、地方なら変わらなくもなさそうだ」という期待があるような気がする。
民主党に政権交代しても、大きな部分では何ひとつ変わっていない、そうした失望感が逆に「地方なら変わるかもしれん」という期待につながってはいないだろうか?

河村氏のマニフェストは減税で、「減税は金持ちにしかメリットがない」などと言う人もいた。
だが、結局のところマニフェストで決めた人は少数派だったのではないだろうか?

これは民主党が政権をとった衆議院選挙にも共通する。
「こっちなら変わらん」「こっちだったら変わるような気がする」という期待感でもって、民主党に票を入れた人が多かったのではないだろうか?

世間は閉塞感に満ちている。それは景気の低迷、失業率の高さなどだけではなく、もっと一般的な「気分」といってもいい。

だから「変えてくれる」人を世間は求めている。
これは、改革を訴えて最高権力者の座についた小泉純一郎の頃からそうだったのではないだろうか?

だが、国はなかなか変わらない。それは世間は学習した。

だが、地方は、ある程度そういう意思をもった個人がトップにつけば変わるのではないか、という期待を抱かせる。

ちなみに私の地元は大阪だが、橋下知事が「大阪都構想」をぶち上げている。

春の統一地方選では、とりあえず「変えますか? 変えませんか?」ということを住民に問いたい、というのが橋下知事の主張である。そこで「変えましょう」ということになれば、改めて制度設計をして、実現に向かいたい、というのだ。

変わって良くなるとは限らない。悪くなるかもしれないし、たいして変わらん、ということも考えられる。
それでも「変えてみたら?」と思ってしまうのが、市民感情というものだと思う。

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