コンテンツの育て方 コンテンツ文化論 電子書籍の夜明け

新時代のコンテンツの「かたち」

気になった記事。

アゴラ「電子書籍ビジネスに書籍は必要か? (田代真人)」

コンテンツが紙の書籍の電子化だけであれば、それら端末の利点を活かしきっていない。であれば、今年は、それらリッチコンテンツ再生型電子書籍端末の利点を活かしたメディアがますます登場してくるだろう。というのも、紙書籍の電子版では1冊あたりの利益も薄く、規模を追求しないとビジネスになりにくいのだ。(…)

端末が普及していくと考えられる今年は、紙の書籍の電子化ではなく、制作の段階から紙で販売することすら考慮せずに端末のみでの再生に特化した電子書籍が増えていくことだろう。そういった意味で、もはや主役は紙の書籍ではなく“リッチコンテンツ書籍”なのだ。であれば、電子書籍の“原料”である紙の書籍は必要ない。つまり今年は『リッチコンテンツ書籍元年』ともいえよう(笑)

リッチコンテンツ書籍とは、紙の書籍の再現ではなく、動画やWebページ的な発想で構成されたマルチメディアコンテンツを指しているようだ。

電子書籍に限らず、今のコンテンツ販売は、旧時代のコンテンツビジネスの形骸をまとっている。

つまり、電子書籍は紙の書籍を電子端末に移し替えたものにすぎず、映画のダウンロード販売は劇場映画のDVDと内容自体は変わらない。わずかに、音楽のダウンロード販売が、CDのアルバム単位販売をやめて、楽曲単位での購入を可能にしているくらいだ。

電子書籍であれば、短編集ではなく、短編小説の単品販売だってできるはずだよね。これはアルバムから楽曲単位に変わった音楽コンテンツ販売を考えれば、すぐできるような気がする。

いや、長編小説の章ごとの販売だって可能なはずだ。序章を無料公開し、あとは1章ずつ低価格で販売する。こうすると、小説の書き方そのものが変わるような気がする。トータルで読ませるというよりは、ワンチャプターごとに「次を読みたい」と思わせる、テレビの連続ドラマのようなコンテンツづくりが求められる。もちろん、それが小説という文化にとって良いか悪いか、は別問題だ。

そして、冒頭に掲げた記事が例にあげているように、もちろん文字コンテンツと音楽コンテンツと動画コンテンツのミックスドワークが可能になるだろう。

エンターテイメントだけでなく、たとえば歴史ドキュメンタリーのようなものでも、部分的に動画コンテンツを取り込んだら、より興味が増す可能性もある。それも、紙の書籍とDVDの抱き合わせ販売のように、それぞれが独立したものではなく、シームレスに結合しているものが出てくるんじゃないだろうか。

エンターテイメントでも、今後は「これは小説」「これは映画」「これは音楽」と切り分けられない、新しい表現形態が出てくるべきだ。それでないと、コンテンツに新しい時代は開かれない。

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